年間アーカイブ: 2017年

  2017-11-15 11月3日(金)文化祭が行われました。

11月3日(金)に夙川学院の文化祭が行われました。

昨年度に引き続き、高校3年生が文化祭入場アーチと、看板を作成してくれました。

◇模擬店◇

高校2,3年生による模擬店です。真剣に来場者の方に声をかけていました。

◇ステージ発表◇

吹奏楽部、高校1年蘭組、軽音楽部、ダンス部(写真)、その他たくさんの文化部による発表で盛り上がりました。

◇作品展示◇

中学生、高校3年美術科による作品展示です。

約800人の方が来場してくださいました。たくさんのご来場ありがとうございました。

 

  2017-11-14 11月14日(火)収穫感謝礼拝が行われました。

 11月14日(火)に、アリーナにて収穫感謝礼拝が行われました。
 
 

今回の特別礼拝は、日本基督教団 神戸イエス団教会の牧師をされている上内鏡子先生をお招きしました。上内先生は学生時代に、フィリピン人の出稼ぎ女性を通して、キリスト教に出会われました。
1992-2002年まで、フィリピン合同教会で宣教師として働かれ、今現在、神戸イエス団教会の牧師として働かれています。

 本日は「絵本にかける思い」という題で、メッセージをいただきました。
今日紹介された絵本は、ボンペレスさんと松井友さんが共同で書かれた『サダムと世界一大きなワニ』です。皆でワニからサダムと水牛を助ける最後の場面では、皆の力を合わせて、困難を乗り越えていく姿が描かれており、力を合わせれば何でもできるということを教わりました。

この絵本は、これからの未来を担っていく日本とフィリピンの子どもたちのために作られた絵本です。
平和な世界を創っていく者として、私たちは互いに助け合う姿勢を持ち続けたいです。

上内先生、このたびはお忙しい中、本校にお越しいただき、ありがとうございました。  

礼拝の後には、生徒自治会の生徒たちが、果物をそれぞれ自分たちで分けて、日頃お世話になっている学校内・近隣の施設、そして先生たちに配りに行きました。
 
  
  皆さん、果物の持ち寄り、ありがとうございました。

 

 

  2017-11-13 11月7日(火)放送礼拝メッセージ「求めなさい」

11月7日(火)に、放送礼拝が実施されました。


マタイによる福音書7章7-12節 「求めなさい」
学院宗教主事 樋口進

私たちにとって、探求心というのは、非常に大事だと思います。
今読んでいただいたマタイによる福音書7章7節には、「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」とありました。

これは非常によく知られている言葉ではないでしょうか。
キリスト教を知らない人でも、この言葉を知っている、と言う人も多いのではないでしょうか。
この聖書のことばは、音楽室の前の階段の所の壁に習字で書かれた額があります。
是非見ておいて下さい。
これは、一生懸命探求すれば必ず与えられるというふうに解釈されて、多くの人の心に留められているのではないでしょうか。
ここでイエスは、単なる処世訓を言っているのでありませんが、しかし私たちが神に一生懸命求めるならば、神は必ずそれを与えて下さる、ということを言っているのです。

それでは、私たちはどんなことを求めても神は与えて下さるのでしょうか。
例えば、自分の嫌いな人が不幸になることを求めても、神はそれに答えてくれるのでしょうか。
恐らくそんな自己中心的な求めには答えてくれないでしょう。
「求める」という場合、自分のことだけを求めるなら、それは自己中心的になり、他の人を苦しめるという結果になりかねません。
そこで、イエスは、相手の立場に立って考えるべきだとして、12節に於いて、次のように言われました。
「だ
から、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」

宮沢賢治は、「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」と言いました。
自分の幸福が他の人を不幸にしているということがよくあります。
戦争なんかはそうでしょう。
こちらが勝利すれば、相手は不幸になっている訳です。
自分が何かを求める時、他の人も同じ求めをもっている、と言うことです。
イエスが教えた「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」という言葉は、一般に「黄金律」と言われています。
その名の通り、最も高い人間の倫理でしょう。
もしすべての人がこれをすることが出来れば、世の中は幸福になると思います。
これと同じような教えは他の宗教にもあります。
例えば、孔子は論語の中で、「己の欲せざるところは、人に施すなかれ」と教えました。
これは、儒教の教えとして、日本人にも深く浸透しているのではないでしょうか。
親が子によく言うことは、「とにかく、人に迷惑をかけないように」と言うことではないでしょうか。
ユダヤ教のタルムードに於いてもこの論語の言葉とよく似たものがあります。
「あなたの望まぬこととを、あなたの隣人に対してしてはならない。これが法のすべてである」という言葉です。
いずれも、自分にとって嫌なことを他人にしてはならない、という教えです。
これは重要なことであり、人間が社会生活を営んでいく時には守らねばならない基本的なことでしょう。

しかし、イエスの教えた黄金律は、これと少し違います。
すなわち、自分にとって嫌なことを他人にするなというのは、少し消極的な態度です。
他人に迷惑にならないように、当たり障りのない生き方をする、ということになります。
これに対してイエスの「人にしてもらいたいことは、人にもしなさい」というのは積極的な態度です。
しかし、それは中々困難なことです。
イエスの姿勢は、人に求める前に、自らがその人になしていく、というものです。
もし、人に信用されたいと思うなら、自分がまずその人を信用することです。
相手を心の底から信用していないのに、どうして相手から信用されるでしょうか。
もし、友達に愛されたいと思うなら、まず自分が本当にその友達を愛していくことです。
人の尊重されたいと思うなら、自分がまずその人を尊重することです。
イエスはまさにこれを行われたのです。
しかし、私たちには、中々そのことは難しいのです。
どうしても、自分中心的な求めになりがちです。

そこで7節にかえって、「求めよ」というのは、この黄金律に従うことの出来るようなあり方を求めよ、ということではないでしょうか。
私たちのいろんなことを求める探求心は、非常に重要ですが、それが自分だけのものとなるのでなく、他の人のことも考える心を持ちたいと思います。

 

  2017-11-08 11/25(土)学校説明会

高校:10:00~11:30(予定)
中学:14:00~15:30(予定)

場所 本校にて

申込み不要

送迎バス運行  ポートライナー「みなとじま駅」発

9:00 ・ 9:15 ・ 9:30 ・ 9:45

送迎バス運行  三宮発

9:00 ・ 9:15 ・ 9:30 ・ 9:45

皆様のお越しをお待ちしております!!

 

  2017-10-31 11/5(日)学校説明会

開始時間 10:00~

場所 本校にて

申込み不要

送迎バス運行  ポートライナー「みなとじま駅」発

9:00 ・ 9:15 ・ 9:30 ・ 9:45

送迎バス運行  三宮発

9:00 ・ 9:15 ・ 9:30 ・ 9:45

皆様のお越しをお待ちしております!!

 

  2017-10-25 11/25(土)学校説明会

時間
高校 10:00~11:30(予定)
中学 14:00~15:30(予定)
場所 本校

無料送迎バス

三宮から夙川学院 午前 9:00、9:15、9:30、9:45
ポートライナー「みなとじま駅」から夙川学院 午前 9:00、9:15、9:30、9:45

送迎バス乗り場(三宮)

 

  2017-10-10 10月3日(火)放送礼拝メッセージ「希望に生きる」

10月3日(火)に、放送礼拝が実施されました。

 
ペテロの手紙Ⅰ 1章22-25節 
「希望に生きる」
学院宗教主事 樋口進

皆さんは、何か困ったことや苦しいことに遭遇した場合どうされますか。
普段信仰心がない人でも、そういう時には神や仏に祈ったりと言うことはないでしょうか。「困った時の神だのみ」という言葉があります。
普通宗教を求めるという場合、何か困った事が起こった時、苦しいことが起こった時に、それを取り除いてもらおうとして求める、ということが多いのではないでしょうか。
普段は宗教には無関心であっても、苦しい事が起こった時に、神や仏に頼ろうとする人がいます。

しかし、聖書はそういうのと少し違います。
先程読んで頂いたローマの信徒への手紙5章3節で、パウロは「苦難をも誇りとします」と言っています。以前に訳された口語訳聖書では、「患難をも喜んでいる」と訳されています。
患難とか苦難は、私達にとっては、決して歓迎すべきものではないでしょう。
少なくとも、それを喜んだり、誇りにしたりするものではないでしょう。
そういう事態は出来るだけ避けたいし、もし起こっても出来るだけ早く取り除いて欲しい、と思うものではないでしょうか。そして、そのために神仏に願ったりするのです。
苦難を喜べ、という宗教は余りないと思います。

しかしここでパウロは、「苦難をも誇りとします」と言っています。
しかし、パウロは、この苦難を成功することの手段と考えているのではありません。
苦難をステップにして何か成功しようというのではありません。かと言って、苦難それ自体を喜んでいるのでもありません。
マゾヒズムという言葉があります。自虐的と言います。
自分が苦しめられたり、虐待されたりすることに快感を覚えるという異常心理です。
勿論パウロは、そのようなマゾヒズム的な喜びを言っているのではありません。
そうではなく、その苦難はそれに終わらず、希望へと通じていることを信じているからです。
それは、神を信じ神に委ねることから与えられる希望です。
人間、希望に生きることが、いかに大きな力を与えてくれるか、ということが分かります。

希望を持って生きた一人の人のことを話します。
それは、『夜と霧』という本を書いた心理学者のフランクルという人です。
彼はユダヤ人ということで、第二次世界大戦の時、ドイツのナチスに捕らえられ、アウシュビッツの強制収容所に送られました。
そこに於いては、過酷な条件のもとに多くのユダヤ人が死んでいきました。
しかし、そのような過酷な条件の中にあっても死なずに生きていた人(自分もその一人でしたが)は、必ずしも肉体的に頑強な人ではなく、何かの希望を持っていた人であった、と言います。
例えば、「今晩の食事には何が与えられるだろうか」というようなささいなことを連想するのです。
ほんの些細な希望ですが、極限状況の中でそのようなことを考えることが生きる力になった、というのです。何の希望も持てなかった人は死んでいった、というのです。
1944年のクリスマスが済んだ時に大勢の人が死んでいった、と言います。
それは、彼らはクリスマスに家に帰れるという当てもない期待を抱いていたのですが、それが実現しなかったので、希望が挫かれ、気力も失われてしまった、と言うのです。
フランクルは、心理学者として、それを冷静に観察し、希望を持っている時は病気に対する抵抗力を高めたが、それが失望になると抵抗力を低下させ、ついには死に至らせた、と言います。
このローマの信徒への手紙を書いたパウロという人も、実にいろいろな苦難に遭遇しましたが、その苦難自体を見て絶望的な思いを抱くのでなく、その苦難は忍耐を通して、希望へとつながっていることを確信したがゆえに、大きな働きをなすことが出来たのです。

苦難を経験しない人はいないと思います。
皆さんも長い人生の中において、多かれ少なかれ何らかの苦難に遭遇します。
あるいは皆さんの中にも、現在何らかの苦難を抱いている人もいるかも知れません。
その時に、絶望に打ちひしがれてしまうのでなく、忍耐をしつつ、その中になんらかの希望を見いだしてみてください。きっと、その先に道が開けると思います。

 

   10月3日(火)高1進路ガイダンス

10月3日(火)に、チャペルにて高1進路ガイダンスが行われました。

 

2学期になり、学校生活にも慣れてきて、将来のこと考える余裕が出てきたのではないかと思います。
そのような中で、吉本の若手芸人の方をゲストに、進路の考え方についてコントを通じて教えていただきました。

 
最初は戸惑う様子も見られた生徒のみなさんも、お笑い要素満載のコントに大盛り上がりでした。


緊張気味の生徒らに血液型アンケート。何型が多い?


笑いをとりながらも進路についての真剣な話しに生徒も考えるきっかけになったのではないでしょうか。

まだ高校1年生ですが、もう高校1年生です。2年後の自分のことを少しずつイメージしてもらえばと思います。

 

  2017-10-07 10月7日 高等学校学校説明会

10月7日(土)に夙川学院高等学校学校説明会が実施されました。


今回は2回目の開催となります。

◇校長挨拶・教育内容説明◇
 

◇生徒からの学校説明◇

◇コース説明◇

◇施設見学◇

次回の開催は、10月28日(土)10:00~第3回高等学校の学校説明会となっております。
皆様のお越しをお待ちしております。

 

  2017-10-04 タウンミーティング予定

10月中旬から11月下旬にかけて、校長タウンミーティングを予定していたのですが、
 諸事情により中止となりましたことをご報告いたします。

 大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 

  2017-10-03 2017年度体育祭を実施しました。

9月29日(金)体育祭がグリーンアリーナ神戸にて実施しました。

体育祭にむけて、生徒たちは放課後ダンスやリレーの練習をしていました。
体育祭の様子をご覧ください。

◇入場行進

◇開会式

◇集団行動

◇クラスパフォーマンス

◇中学・高1男女ダンス
 
◇体育科・グローバルアスリートダンス

今年も多くの方に来場していただきありがとうございました。
11月3日(金)は本校にて文化祭が実施されます。是非ご来校ください。

 

  2017-09-28 9月22日(金)生徒による全校礼拝

9月22日(火)に、アリーナにて生徒による礼拝が行われました。

中学、高校1・2・3年生の代表生徒4名に
1学期末に池間哲郎さんの講演を聞いた時に書いた感想を発表してもらいました。

**************************
マタイによる福音書 5章9節 
「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」
**************************

池間さんは、アジア途上国(ネパール、ミャンマー、カンボジアなど)の貧困地域に暮らす人たちの支援活動をされている方です。本校でも、池間さんが20年以上に渡って撮りためた写真や映像を用いて、貧困地域に暮らす人たちの様子を見せてくださいました。

 

皆さんそれぞれ自分の思いと合わせて、
池間さんの講演から受け取った「一生懸命、生きること」の大切さを語ってくれました。

講演会でのお話や、代表者の感想から聞いたことを聴くだけでなく、
自分の課題として受けとめ、自分には何ができるかをこれから考えて生きることが出来たらいいですね。

 

  2017-09-26 9月24日(日)東南アジア交流会

9月24日(日)本校にて東南アジア交流会が行われました。

 

インドネシア、ネパール、バングラディッシュの理事長、学校長が、
今後夙川学院と進めていく交換留学制度の現地調査と契約書締結の為の意見交換会の為に
学院を訪れました。

上記学校と今回は参加出来なかったカンボジアの2校を合わせた5校で
今後、様々な交流を行って行く予定です。

24日は、お互いの学校や国の事をプレゼンし、紹介し合いました。
夙川学院の生徒もパワーポイントを用意し、英語で学校紹介をしました。

当日は学校説明会もあったので、参加者は英語でプレゼンをする夙川の生徒に驚いていました。

 

   赤ちゃん先生プロジェクトを実施しました。

9月25日(月)に赤ちゃん先生プロジェクトが実施されました。


高校3年生幼児教育・保育選択コースの生徒を対象としたプロジェクトです。
日々のお世話や接し方について、母親から想いやアドバイスを、お話してもらいました。
 
育児体験と託児体験の2つの体験を通して、子どもを抱えて生活することの難しさや、必死に子育てをしている母親の気持ちを学びました。
 
生徒の体験した感想の中には、母親にこれまで同じように育ててもらったことへの感謝や、今後母親になるうえで、還元していきたいといったものがありました。

次回の実施は11月を予定しております。

 

   9月24日(日)中学高等学校学校説明会

9月24日(日)に夙川学院中学高等学校学校説明会が実施されました。


中学校は2回目、高等学校は1回目の開催となります。


校長挨拶・教育内容説明

 生徒からの学校説明


施設見学

コース説明や、個別相談等も実施させていただきました。
次回の開催は、10月7日(土)10:00~高等学校の学校説明会となっております。
中学校のプレテストを10月8日(日)13:00~実施いたします。
皆様のお越しをお待ちしております。

 

  2017-09-20 10/8(日)中学入試プレテスト申込み受付中

10/8(日)13時から中学入試プレテストを実施いたします。

試験の難易度を知るのに持ってこいのイベントです。

夙川学院中学校にご興味をお持ちの小学5.6年生は是非ご参加ください。

プレテストでは選択制テスト(約2時間) と 思考力テスト(約1時間) の2種類の方式があります。

(プレテストではグローバルテストとポテンシャルテストは実施しません)

申込みは↓↓↓こちらから

https://mirai-compass.net/usr/shukgwj/event/evtIndex.jsf

 

   9月9日(土) 夙川学院高等学校オープンスクール

9月9日(土)に夙川学院中学校 学校説明会
               
高等学校 オープンスクールが実施されました。

中学校は1回目の学校説明会、高校は2回目のオープンスクールです。
たくさんの方に参加していただきました。

◇全体説明

 
全体説明では、在校生が学校の魅力について、作成したパワーポイントを使用し、説明してくれました。

◇体験授業

 
   理科「理科は嫌だが役に立つ!」           英語「ネイティブと話そう!」
 
     保健体育「身体表現」

◇施設見学
   

次回の開催は、9月24日(土)10:00~の学校説明会となっております。
皆様のお越しをお待ちしております。

 

  2017-08-29 2017年度 夙川学院高等学校オープンスクール

8月27日(日)に夙川学院中学高等学校オープンスクールが実施されました。

中学校は2回目、高校は1回目のオープンスクールです。たくさんの方に参加していただきました。

◇全体説明
 

◇体験プログラム

情報「ホンマでっか!?PC~プログラミングをしてみよう!~
音楽「ピアノ入門~簡単なピアノ演奏が1曲できるようにチャレンジしよう!~」


理科「科学と生活のつながり」

◇施設見学
 

◇食堂試食・制服展示試着
 

次回の開催は、9月9日(土)10:00~です。
皆様のお越しをお待ちしております。

 

  2017-07-20 夙川学院中学高等学校 Facebookのご紹介

夙川学院中学高等学校のFacebookを紹介します。


夙川学院の学校行事の様子や、生徒の日々の活動などを随時アップしていきます。
是非以下のURLからアクセスしていただき、『いいね!』をお願いします。
 
夙川学院Facebook URL
https://www.facebook.com/夙川学院中学高等学校-308882336227385/

 

  2017-07-07 2017年7月4日(火)放送礼拝 メッセージ「言葉の大切さ」

 7月4日(火)、放送礼拝が実施されました。


現在、校内では短大生の企画で、七夕に向けて笹竹が置かれています。
短大生をはじめ、中高生も企画に参加し、それぞれ色とりどりの短冊に自分の目標や願い事を書いていました^^

**************************************

ペテロの手紙Ⅰ 1章22-25節 「言葉の大切さ」
学院宗教主事 樋口進

わたしたちは往々にして、人の言葉によって失望したり、傷ついたりします。
そういう意味では、言葉というのは、非常に大事です。
たった一言の言葉によって、ひどく傷つき、ある場合には絶望状況に陥ることもあります。

斉藤茂太という人の本に『いい言葉は、いい人生をつくる』というのがあります。
さて、この『いい言葉は、いい人生をつくる』において、彼はことばについていろいろ洞察していますが、文字通り、いい言葉がいい人生をつくることを主張しています。
彼は、人から聞いたいい言葉、あるいは本から得たいい言葉によって、力や希望が与えられた経験によって、人にもいい言葉をかけるように心がけている、と言います。
たった一言の言葉によって、大きな希望や力を与えられる、と言うこともあります。

また逆に、たった一言の言葉によって、力や希望を失うこともあります。
言葉には、そのような力があります。
逆に、たった一言の言葉によって、窮地を救われることもあります。絶望状況の中にある人が、優しい言葉に触れて、力を得、また希望を与えられるということもあります。

私自身も、人の言葉によって非常に落ち込んだ経験があります。
おそらく皆さんも多かれ少なかれ、そのような経験があるのではないでしょうか。
また、逆に自分の言葉が人を傷つけているという場合もあるかもしれません。
そのように、言葉というのは、非常に大切であると思います。
ですから、できるだけ人を傷つけない言葉を発したいと思います。また、できるだけ人に希望を与えるような言葉を発したいと思います。

聖書においては、言葉に関することが多く言われています。
そもそも聖書は、神の言葉とされており、これを読むことによって慰めや希望や救いを与えられます。
旧約聖書に箴言というのがあります。これは、古代イスラエルのことわざを集めたものです。
この箴言の中に言葉に関するものが多くあります。
例えば、「軽率な一言が剣のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す。」というのがあります。
これは、たった一言の軽率な言葉は人を深く傷つけるが、配慮のある言葉は、逆にたった一言の言葉によって人を癒す、ということが主張されています。
昔も今も、人の言葉によって、傷つけられたり、また反対に力づけられたりということがあります。軽口ということがありますが、無責任に調子のいいことを言う人は信用されません。

また、先ほど読んでいただいたペトロの手紙一1:24-25には、「人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」とあります。
これは、人間の言葉は、「草が枯れ、花が散る」ように、はかないけれども、神の言葉は永遠に変わることがない、ということです。

この時代も、人のの言葉は、人々に期待を抱かせたり、しかしすぐに失望させたりということが多かったのですが、そのような中で、神の言葉は永遠に変わらない、と言ったのです。
私たちも言葉には、責任をもつようにしたいものです。
斉藤茂太さんが言ったように、「いい言葉は、いい人生をつくる」ということは、本当です。
わたしたちも、極力いい言葉を語り、いい言葉を聞くことによって、いい人生を歩みたいと思います。

 

  2017-07-01 2017年7月9日(日)特別講演会を実施します。

7月9日(日)、本校アリーナにて沢松奈生子さんの特別講演会を実施します!!(リンク先をクリックすると、画像が大きく表示されます)

  

夙川学院高等学校の卒業生である沢松奈生子さんをお招きして、講演会を実施します。

また、当日は夙川学院中学校夙川学院高等学校夙川学院短期大学の3校が同時にオープンキャンパスを開催いたします。講演会と合わせて、是非ご参加ください。

************************************************

<中学校>
  9:30-  受付開始
10:00-  特別講演(本校卒業生:沢松奈生子さん)
11:15-  学校説明
11:40-  体験プログラム
12:10-  校内見学/個別相談

※夙川学院中学校のプログラムは、事前に申し込み必要になります。
体験プログラムは定員があり、先着順となります。参加を希望される方は、お早めにお申し込みください。
申し込みは7月7日(金)16:00までとなります。学校まで電話にてご連絡ください。

お申し込み・お問い合わせ      
0789401131
※受付は平日月曜日から金曜日 8:30~16:30まで

 
<高校説明会>
  9:30-  受付開始
10:00-  特別講演(本校卒業生:沢松奈生子さん)
11:15-  学校説明
11:45-  校内見学/個別相談
  

 

************************************************
 
当日は送迎バスを運行いたします。

三宮(スクールバス乗り場)発 → 学校行き
9:00 / 9:15 / 9:30 / 9:45
 
神戸市役所の向かい側の通りをまっすぐ進むと、「大和ハウス工業株式会社神戸支社」のビルがあります。そのビルの前に送迎バスが停まります。JR「三ノ宮」駅、阪急・阪神「三宮」駅より徒歩10分です。
   

プログラム終了後
学校発 → 三宮(スクールバス乗り場)行き
11:15 / 11:30 / 11:45 / 12:00 / 12:15 / 12:30 / 12:45 
13:30 / 13:45 / 14:15 / 14:30 

 

皆様のご参加を、教職員一同、心よりお待ちしております。
この機会に、
是非本校へお越しください!
   

 

 

  2017-06-30 2017年6月28日(水)芸術鑑賞会が行われました。

2017年度の芸術鑑賞会が、6月28日(水)に実施されました。
今年度は本校アリーナにて、『 お笑いからみるコミュニケーション 』というテーマで、お笑い芸人の方に来ていただき、ネタとトークショーを開催しました。

当日は、全校生徒をはじめ、在校生の保護者・家族、そして教職員が鑑賞し大いに盛り上がりました。

内容も、漫才だけでなくコントや大道芸など多岐にわたり、出演者も人気急上昇中の方から、実力実績一級品の方、師匠クラスの方ととても豪華。

【出演者】
  9:00~   9:20   もりやすバンバンビガロ
  9:20~   9:35   ゆりやんレトリィバァ
  9:35~   9:50   ミキ
  9:50~10:05   吉田たち
10:05~10:35   コント坂田SP(坂田利夫、シンクタンク、服部ひで子)
10:35~10:50   学天即
10:50~11:05   藤崎マーケット
11:05~11:20 笑い飯

 


最初は教員2人が前説を担当しました。


もりやすバンバンビガロさんは、お馴染みのリンゴをかじる芸から、生徒も参加できる芸で、盛り上がりました!


夙川生徒に1番人気のゆりやんレトリィバァさん、大歓声の中、先生と生徒の悩みを解決してくれました。

 
こちらも大人気、息の合った兄弟漫才で沸かせてくれたミキのお二人。


双子漫才師の吉田たちさん。双子ならではの漫才で会場も大爆笑でした。


続いてはコント坂田SP。坂田師匠の登場の瞬間、大歓声が!そしてみんなでアホダンスを教わりました!


宝塚出身の学天即さん、テンポがよく、地元ネタもあり、爆笑の渦に。


藤崎マーケットさんの ラララライ体操に大盛り上がり。そして、おるおるモノマネは爆笑と共感をよびました。


最後はM-1王者の笑い飯さん。さすがの漫才で会場を魅了してくれました!

最後には、事前に生徒から集めた質問を芸人さんに答えていただくトークコーナーを行いました。
様々な質問が出て、こちらも盛り上がりました。

 


ミキの昴生さんは流れで音響さんとコラボギャグを披露!? 最後にはアリーナ2階まで行ってやってくださいました。

 

終演後には生徒もすごく笑顔で教室にもどっていく様子がとても印象的でした。
関西の伝統文化である「お笑い」を生で見て、話しを聞くことで、今後の生活に何か活かせるものを得れたら嬉しいです。

 

 

 

  2017-06-28 2017年7月9日(日)夙川学院中学校 第2回オープンスクール申込開始

 7月9日(日)に実施されます、オープンスクールの詳細です!!

夙川学院中学校オープンスクール
  

日時 2017年 7月9日(日) 
時間 10:00~12:30(予定)
会場 本校 
内容
・特別講演会(本校卒業生:沢松奈生子さん)    10:00~11:00

・全体説明                          11:15~11:35
・体験プログラム                    11:40~12:10     
・施設見学/個別相談                   12:10~

<体験プログラム>
◇英語(定員15名)「ネイティブと話そう」

◇情報(定員20名)「プログラミングをしてみよう」
◇理科(定員15名)「実験を通して、自然を学ぼう」
◇音楽(定員15名)「歌や創作リズム」
◇国語(定員15名)「作品をみんなで読み解こう」
◇数学(定員15名)「ICTを使った授業」
※こちらから1つお選びください

申し込み方法
※事前の申し込みが必要です。 体験プログラムは定員があり、先着順となりますので、お早めにお申し込みください。

申し込みは、7月7日(金)16:30まで 
 
お申し込み・お問い合わせ
0789401131
※受付は平日月曜日から金曜日 8:30~16:30まで

 

 アクセス

★最寄り駅まで

JR「三ノ宮」駅、阪急・阪神「神戸三宮」駅、神戸市営地下鉄「三宮」駅から、ポートライナーで約9分の「みなとじま(キャンパス前)」駅下車、徒歩10分です。

★降車後

みなとじま駅の改札を出て真っ直ぐ進むとファミリーマ-トがあります。ファミリーマートの角を左に曲がりしばらく進むと歩道橋があるので登ってください。歩道橋を降りたら駅を背に左に進みます。神戸学院大学・兵庫医療大学を過ぎると夙川学院中学校が見えてきます。
 

 

皆様のご参加を、心よりお持ちしております!

 

 

 

  2017-06-23 2017年6月20日(火)花の日礼拝が行われました。

  6月20日(火)に、アリーナにて花の日礼拝が行われました。
  

今回の特別礼拝は、関西学院 聖和短期大学教授・宗教主事の小見のぞみ先生をお招きしました。
「タネくんの旅-そして花ちゃんになること」という題で、メッセージをいただきました。

小見先生の教え子が作った絵本の内容を織り交ぜながら、お話して頂きました。タネくんが自分は何の花になるのかを探し出す物語です。

自分は何のために生まれたのか。そのことを知りたいし、それを一緒に考えてくれる人、悩んでくれる人、助けてくれる人を私たちも心のどこかで探しているかもしれません。人と関わることで傷つくことも沢山あるけれど、それでも人と関わり続ける勇気をもつことの大切さを、タネくんは教えてくれました。

私たちも、お話に出てきた花ちゃんのように、自分を受け止めて、励ましてくれる人、そのような人を見つけたいし、誰かにとってはそのような人になりたいですね。
小見先生、このたびはお忙しい中、本校にお越しいただき、ありがとうございました。
 

礼拝の後に、生徒自治会・宗教部の生徒たちが、自分たちで花束をつくり、日頃お世話になっている学校内・近隣の施設、そして先生たちに配りに行きました。
 
 日頃の感謝の気持ちをこめてメッセージを書き、それをお花と一緒に渡しました。

 

保健室、音楽室、図書館に、色鮮やかな花が飾られています^^
 
今年は、持ち寄って頂いたお花の数が多く、礼拝をとても華やかに飾ることができました。
皆さん、お花の持ち寄り、ありがとうございました。
 

 

 

  2017-06-22 2017年6月18日(日) 第1回中学校オープンスクールが行われました。

6月18日(日) 、2017年度第1回中学校オープンスクールが行われました。
今年も、より多くの方に夙川学院の学校生活を体験していただけるように、
学校説明会と
オープンスクールを企画しています。

今回の中学校オープンスクールでは、小学生を対象に授業体験プログラムを行いました
 
 
授業体験後には、校内見学を行いました。
お忙しい中、本校のオープンスクールにご参加いただきありがとうございました。

次回の中学校オープンスクールは7月9日(日)10:00からです。
是非、お誘いあわせの上、ご参加ください。

 *************************************************************************************

2017年度オープンスクールの日程は以下の通りになっております。

高等学校

第一回 8月27日(日)
第二回 9月9日(土)

中学校

第一回 6月18日(日) 終了しました。
第二回 7月9日(日)
第三回 8月27日(日)
 
※高等学校・中学校ともに10:00~実施予定です。


2017年度学校説明会の日程は以下の通りになっております。


 「高等学校

第一回 9月24日(日)
第二回 10月7日(土)
第三回 10月28日(土)
第四回 11月5日(日)
第五回 11月25日(土)
第六回 12月2日(土)
第七回 12月17日(日)

中学校

第一回 9月9日(土)
第二回 9月24日(日)
第三回 10月28日(土)
第四回 12月2日(土)
 
※高等学校・中学校ともに10:00~実施予定です。
  
ご不明な点がございましたら、本校までご連絡下さい。(078-940-1131)
 

 

 

  2017-06-21 高校2年グローバルアスリート・高校3年体育科 遠足

6月16日(金)、
高校2年生グローバルアスリートコースと高校3年生体育科が、京都へ遠足に行きました。
 
 
午前中は嵐山・嵯峨野散策をしました。渡月橋付近の景色を眺めたり、抹茶や湯葉を使用したお菓子や京都ならではの食文化を楽しんだりしました。

午後はラフティングをしました。
 
8つのグループに分かれてインストラクターとともに、保津川でラフティングを行いました。
途中で崖から飛び込んだり、ラフティングボードで滑り台を作って遊んだりする中で自然の豊かさを感じ、普段は体験することのできないアウトドアスポーツを楽しむことができました。

 

  2017-06-20 高校1年 遠足

6月16日(金)高校1年生は遠足に行きました。
 
 
まずは神戸栄光教会に訪問し、礼拝を受けました。厳粛な場所での礼拝に緊張する一同。
 
 
栄光教会には大きなパイプオルガンがあり、素敵な音色が教会中に響き渡ります。

次は六甲カンツリーハウスにて、飯盒炊さんを行いました。まずは火をおこして・・・
 


お米を炊き、カレーを皆で協力して作りました。上手にできたようです!
 


 
昼食の後は、フィールドアスレチックで身体を動かしました。

 
思いきり身体を動かした一日でしたね。楽しい思い出はできましたか。
今回の遠足では、仲間と協力してさまざまな作業を行いました。ここで体験したことを今後の学校生活でも活かして欲しいと思います。
 

 

   中学1・2年 高校3年美術科 遠足

6月16日(金)、中学1・2年生と高校3年美術科は徳島へ行きました。
  
 午前中は渦の道を見学。渦の道とは、大鳴門橋の車道下に設置 された海上遊歩道です。ところどころにガラス張りの床があり、鳴門海峡に発生する渦潮を、約45mの高さから覗き込むことができます。

 

午後からは、大塚国際美術館に行きました。大塚国際美術館は世界の名画を陶板に写した、国内最大級の美術館です。自由時間だけでは回りきれないほど、たくさんの作品がありました。

徳島の大自然や、世界の名画に触れて、普段の学校生活では味わえない貴重な時間を過ごしました。

 

   沖縄県修学旅行(中学3年)~3・4日目~

沖縄修学旅行3日目です。

午前中は美ら海水館へ行きました。

午後はシュノーケル、バナナボートを体験しました。

船酔いをする生徒もいましたが、ホテルに着く頃には落ち着きました。


いよいよ最終日。4日目です。

午前中は道の駅から嘉手納基地を見学し、午後は国際通りでお土産などを買う時間をとりました。
たくさんお買い物ができたようです。


沖縄とお別れし、18人全員無事に伊丹空港に到着しました。

3年間一緒に過ごした仲間と、最初で最後の修学旅行でした。
皆さんのために、この旅行を準備し、関わってくれたすべての人たちへの感謝を忘れずに、残りの学校生活を送ってくださいね。
  

 

  2017-06-19 沖縄県修学旅行(中学3年)~1・2日目~

中学3年生は、6月14日(水)~17日(土)の3泊4日間
沖縄へ修学旅行に行きました。

現地での様子を、写真にてお送りします。

9時10分発の飛行機で、11時過ぎに沖縄に到着。 

  
天候はあいにくの雨ですが、生徒は全員元気に、沖縄を満喫したようです!
沖縄で楽しい思い出を沢山作って帰ることができますように!

 

沖縄修学旅行2日目です。

午前中は雨のなか、首里城へ行きました。
午後は体験学習をしました。沖縄の伝統料理を作ったり、三線を弾いたり、伝統衣装の試着、エイサーの踊り、サトウキビの収穫をしました。貴重な体験ができましたね!
 

とても楽しそうです^^
   

 

   三重県一泊旅行(高校2年リベラルアーツ・アカデミック・プリスクール)~1・2日目~

6月15日(木)~16日(金)
高校2年生リベラルアーツ・アカデミック・プリスクールコースが三重へ、1泊旅行へ行きました。

爽やかな青空の下、伊勢神宮へお参りしに行きました。
 
伊勢神宮の神聖な空気に触れ、事前に学んだ正しい参拝の作法を実践しました。

 
その後、おかげ横丁散策へ。

おかげ横丁ではそれぞれの班で昼食をとりました。笑顔いっぱいで散策していたのが印象的です。
 
 
  
三重一泊旅行の2日目です。
 
 ナガシマスパーランドへ。とても楽しみにしていたようで、生徒たちは盛り上がっていました。
絶叫アトラクションにどんどん乗っていく生徒もいれば、地上のアトラクションで楽しむ生徒もおり、
それぞれ楽しんでいました。

その後、全員無事に三宮に帰ってきました。
    

 

   北海道修学旅行(高校3年普通科)~3・4日目~

北海道修学旅行3日目、4日目の様子です。
 
3日目は旭山動物園へ。「もぐもぐタイム(餌やり)」で、動物たちの可愛らしい姿を見ることができました。

お昼は旭山ラーメン村に行き、自分たちの好きなものを食べました。

夕食は小樽運河食堂へ。小樽の夜景はとても綺麗でした。

いよいよ最終日。

4日目は小樽市内をそれぞれの班で散策し、恋みくじをしたり、アイスを食べたりして楽しんでいました。

次に羊ヶ丘展望台へ。足湯につかり、旅の疲れを癒す生徒もいました。

4日目も快晴で、クラーク博士との写真も、雲ひとつない青空をバックに、綺麗に写っていますね。

17時55分に新千歳空港を出発し、無事に帰ってきました。生徒たちは帰りの飛行機まで元気で、この4日間は非常に楽しかったようです。今回の修学旅行の思い出話をご家族にも沢山してもらえたらと思います。皆さん、お疲れ様でした!

  

 

   北海道修学旅行(高校3年普通科)~1・2日目~

高校3年生普通科が北海道へ修学旅行に行ってきました。
1日目、2日目の様子を写真で振り返ります。

ノーザンホースパークにてジンギスカンを食べました。皆、モリモリ食べていました。
パークでは可愛い馬が迎えてくれました。
 
白い恋人パークにて。飴の作り方を見たり、アイスクリームを食べたりして、あっという間に時間が過ぎました。

夜は希望者だけでニングルテラスに行きました。ガラスや木で出来た手作りのものを、お土産に買う生徒が沢山いました。綺麗ですね。1日目は天気にも恵まれ、皆元気に過ごせていました。


北海道修学旅行2日目です。   

コロポックルにて、ジャムとアイス作り、野菜パンとバター作りの2つのグループに分かれて体験しました。

ファーム富田へ移動。綺麗な紫色のラベンダー畑を通りました。

 レストハウス「想い出のふらの」へ移動し、お昼はスープカレーを食べました。

2日目はメインイベントであるラフティングをしました。小雨が降っていましたが、楽しむことができました。
 
  

 

  2017-06-12 6月28日(水)芸術鑑賞会における保護者鑑賞席について

2017年度の芸術鑑賞会が、6月28日(水)に下記要領で実施されます。
今年度は本校アリーナで開催されるため、より多くの保護者の方にもご鑑賞いただきたいと考えております。
つきましては、事前申し込み制とさせていただきたいと思いますので6月23日(金)までに申し込み書を担任にまでご提出くださいますようお願い申し上げます。
※申込書は生徒に配付しております。

【開催日時】  2017年6月28日(水)9:00~11:45(予定)
        ※ 8:45までには来校ください。
【場  所】  本校アリーナ (スリッパをご持参ください。)
        ※ アリーナ2F観客席が保護者席になります。
【テ  ー  マ】  お笑いからみるコミュニケーション
【内  容】  お笑い芸人によるネタとトークショー
        ※ 公演中の撮影・録音はできません。ご了承ください。
【申込対象】  本校在校生の保護者およびその家族

 

【出  演  者】  ※下記画像・チラシをご参照ください。

      
コント坂田スペシャル
(出演:坂田利夫、シンクタンク、新喜劇女性座員)

      
笑い飯                   学天即

      
藤崎マーケット           もりやすバンバンビガロ

      
吉田たち                   ミキ


ゆりやんレトリィバァ

※出演者は、都合により変更になる場合があります。 

 

  2017-06-08 6月6日(火) 進路指導講義

6月6日(火)6限に、高校1,2年生対象の進路指導講義を実施しました。
 

総合的な学習の時間を利用し、本校の卒業生にパワーポイントを使用して、発表してもらいました。

昨年度本校を卒業し、夙川学院短期大学へ進学した2名の発表から始まりました。
 
高校生活での思い出や、受験にむけて頑張ったことを、在校生に話してもらいました。

次に、卒業後関西大学に進学した1名の発表がありました。
現在、教育実習生として本校で実習に励んでいます。

この発表では、さまざまな入試方法や、より実践的な受験勉強方法を話してもらいました。
在校生にとって、大変有益なものとなりました。


最後に、在校生からの質問にも答えてもらいました。

今回の進路指導講義が、在校生の受験に対する意識向上になればと思います。

 

   2017年6月6日(火)放送礼拝 メッセージ「仕える者になりなさい」

 6月6日(火)、放送礼拝が実施されました。

雨は上がり、青空が広がっています。
  

今週は、賛美歌21の60番『どんなにちいさいことりでも』を歌っています。
メロディが覚えやすく、歌詞もやさしいので、思わず口ずさんでしまう人も多いようです♪

1番 「どんなにちいさいことりでも かみさまはそだててくださる」って、イエスさまのおことば。
2番 「なまえもしらない野のはなも かみさまはさかせてくださる」って、イエスさまのおことば。
3番 「よいこになれないわたしでも かみさまはあいしてくださる」って、イエスさまのおことば。

子どもたちは、特に3番の歌詞が好きだそうです。

**************************************
 
マルコによる福音書 10章42-45節 「仕える者になりなさい」
学院宗教主事 樋口進

今日お読みいただいた聖書の箇所は、イエスの弟子のゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスにお願いをしたという記事です。
どんなお願いをしたかというと、イエスが栄光を受ける時、すなわち、この世の支配者になる時に、彼らは自分たちを最も高い地位につけてほしい、とお願いしたというのです。
さて、この二人の願いを聞かれたイエスは、非常に悲しまれました。
また、このヤコブとヨハネの願いを聞いた他の弟子たちは皆、腹を立てたというのです。
41節には、「ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた」とあります。
他の10人の者が何故腹を立てたかというと、彼らも実は同じことを願っていたからでしょう。
彼らは決して、イエスの思いに立って腹を立てたのではありません。そうではなく、自分たちも同じ思いをもっており、それを二人に先を越されたと思ったので、腹を立てたのでしょう。そこでイエスは、42節のように言われました。

 そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。

異邦人の支配者というのは、ここではローマ帝国の支配者のことです。
彼らは支配している人々の上に権力を振るっていました。
当時のユダヤは、ローマ帝国の支配下にあり、特に重税で苦しんでいました。
このような帝国の支配者は、被支配国に権力を振るって、自分の欲を満たしていたのです。
すなわち、被支配国から富を吸い上げて、例えば自分の宮殿を建てるといったことをしていたのです。
これがこの世の権力者の常の姿です。

しかしその反面、権力者に支配されている人々は、非常に苦しい生活を強いられていました。
権力を求めるということは、そのような非常に苦しい立場の人々を作り出すということなのです。
そのように、権力を志向することが神の御旨でないことは、弟子たちも分かっていたはずです。
しかし、現実には、弟子たちもやはり人間であり、イエスがただの人でないことが分かると、権力の座について欲しいと願ったのです。そしてその暁には、自分が最も高い地位につけてもらいたい、と思ったのです。さらに、他の弟子たちも同じ思いをもったので、互いに相手のことに腹を立てたのです。
しかしイエスは、「しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない」と言われます。
そして、43-44節のように教えられました。

  しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。

そしてイエスは自らこれを行われました。すなわち、イエスは食事の席で、自ら弟子たちの足を洗われたたのです。
当時、食事の時に足を洗うのは、召使いの仕事でありました。
イエスは、弟子たちからすれば、先生であったので、むしろ弟子たちがイエスの足を洗うべきでした。
しかし、イエスは、弟子たちの足を洗うことによって「仕える者になりなさい」ということを自ら実践されたのです。
インドで貧しい人のために仕える仕事に一生をささげ、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは、イエスのこの「仕える者になりなさい」という教え、実践したのです。
彼女は、身寄りもなく、誰にも看取られない人に、愛の手をさしのべて、しばしの安らぎと喜びを与える、という活動をしたのです。
イエスの教えた「仕える者になりなさい」というのは、奉仕の精神と言われます。自分の権力や自分の利益を求めるのでなく、人のためにする、人に喜んでもらえることをする、ということです。
マザー・テレサは、自分は誰にでも出来ることをしたに過ぎません、と言っています。
路上で死に行く人の手を優しく握ってやる、ということは誰にでも出来ます。
しかし、人間は、プライドが邪魔してなかなか出来ません。

人のためにする、たとえば、ボランティア活動などはそうでしょう。
災害に遭って困っている人のために、ちょっと手伝ってやる。
あるいは、電車でお年寄りに席を譲ってやる、ということも奉仕の精神と言えるでしょう。
このようなちょっとしたことは、私たちの周りにたくさんあると思います。
みんなの使っているところが汚れていたとき、みんなのためを思ってちょっと掃除をする、といったことも「奉仕の精神」であると思います。
そんなオーバーなことでなくていいのです。しかしその時、ちょっと恥ずかしいとか、自分のプライドを少し捨てなければなりません。
奉仕というのは、英語でServiceと言いますが、Serviceを辞書で引くと「礼拝」という意味もあります。
礼拝というのは、神への奉仕なのです。今、皆さんは礼拝をしていますが、礼拝において神の言葉を聞く、お祈りをする、讃美歌を歌う、これも神への奉仕なのです。

イエスは、神に仕えることと、人に仕えることを教えられました。皆さんも、是非、ちょっとしたことでいいですから、自分の利益のためでなく、人のために仕えることをしてみてください。

 

 

  2017-06-06 2017年6月6日(火)第1回目 赤ちゃん先生プロジェクトが行われました。

6月6日(火)、今年度第1回目の赤ちゃん先生プロジェクトが、中学生全員を対象に行なわれました。 

『赤ちゃん先生』とは、赤ちゃんと直接触れ合いながら、ママ講師のお母さん方から赤ちゃんのお話を聞くことで、命の大切さを学ぶことを目的としたプロジェクトです。

今日は4班に分かれて、4組の親子から、お母さんの育児の内容や様子、赤ちゃんがどういったときに泣くのか、今どういった成長段階なのか、など学びました。その後に一人ずつ、赤ちゃんを抱っこさせてもらいました。
 

「抱っこしてみたら、意外と重かった!!」という感想が多かったです。
私たちのお母さんも、昔は、日々重たくなる私たちを抱っこして大変だったことでしょう。
 
次回の赤ちゃん先生は、9月になります。
今日お会いした赤ちゃん先生たちが、二ヵ月後に、どれほど大きく成長したか見るのが楽しみですね!

 

  2017-05-23 6月18日(日)夙川学院中学校オープンスクール申込開始

6月18日(日)に実施されます、オープンスクールの詳細です!!

夙川学院中学校オープンスクール


日時 2017年6月18日(日)
時間 10:00~12:00(予定)(受付9:15~10:00)

会場 本校 
内容
・全体説明           10:00~10:30
・体験プログラム  10:30~11:00     
・質問タイム         11:00~12:00終了予定

<体験プログラム>
◇英語(定員15名)「ネイティブと話そう」
◇情報(定員20名)「プログラミングをしてみよう」
◇理科(定員15名)「グループワークにおいて簡単な理科の題材を用意し、一緒になって問題を解決する」
◇音楽(定員15名)「歌や創作リズム」
◇国語(定員15名)「作品をみんなで読み解こう」
◇数学(定員15名)「実は役立つ数学」
※こちらから1つお選びください

申し込み方法
※事前の申し込みが必要です。 体験プログラムは定員があり、先着順となりますので、お早めにお申し込みください。
申し込みは、6月16日(金)16:30まで 
 
お申し込み・お問い合わせ
0789401131
※受付は平日月曜日から金曜日 8:30~16:30まで

 アクセス

★最寄り駅まで

JR「三ノ宮」駅、阪急・阪神「神戸三宮」駅、神戸市営地下鉄「三宮」駅から、ポートライナーで約9分の「みなとじま(キャンパス前)」駅下車、徒歩10分です。

★降車後

みなとじま駅の改札を出て真っ直ぐ進むとファミリーマ-トがあります。ファミリーマートの角を左に曲がりしばらく進むと歩道橋があるので登ってください。歩道橋を降りたら駅を背に左に進みます。神戸学院大学・兵庫医療大学を過ぎると夙川学院中学校が見えてきます。

 

  2017-05-18 2017年5月16日(火) 中学生 球技大会

5月16日(火)、アリーナにて球技大会が行われました。

球技大会は、中学校の生徒自治会による企画です。
学年を越えてチームを作り、ドッジボールをはじめ、自分たちで選んで決めたゲームを楽しみました。

 

 

 
先輩後輩との親睦を深めることができました。

中学3年生は、今年が中学校最後の一年です。
 一日一日を大切にして、学校生活を思いきり楽しんでくださいね!

 

   2017年5月16日(火)放送礼拝 メッセージ「最も大切なもの」

5月16日(火)、放送礼拝が実施されました。

 
アリーナでの全校礼拝とはまた違って、
それぞれの教室でアットホームな雰囲気のなか、礼拝が守られます。


**************************************
マルコによる福音書8章34-36節 「最も大切なもの」
学院宗教主事 樋口進

 

あるアンケート調査で、「あなたにとって最も大切なものは何ですか」というのがありました。
皆さんは、どう答えるでしょうか。
その答えで一番多かったのは、「健康」と答えた人です。
わたしも、学校の健康診断でコレステロール値と血糖値が少し高いということで、食べるものとか運動に気をつけています。そうやって、テレビを見ますと、健康に関する番組が非常に多くあることに気付きました。
そして、この食べ物がいいとか、この運動がいいとかいうと、すぐ試したくなります。
やはりこのアンケートにあるように、多くの人は健康に気をつけているのだな、と思いました。
そして、先ほどのアンケートで次に多かった答えは、「毎日を平和に過ごす」というものです。
そして、次に「お金」でした。
健康で、毎日平和に過ごし、多少のお金があれば、言うことなし、ということでしょうか。
「健康であること」、そして「毎日平和に過ごす」こと、そしてお金は、それ自体としては決して間違ってはいないでしょう。
しかし、人間にとって、一番大切なものは、それだけでしょうか。
もっと大切なものはないでしょうか。

先ほどの聖書において、イエスは「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」と言われました。
この命と訳されている語は、ギリシア語ではプシュケーという語です。
これは、「命」とも「魂」とも訳せる語です。
これは、単に動物的に生きるという意味での生命ではありません。
もちろんそれも含みますが、命を与えて下さった神との関係における本来の人間の命です。
霊的な命と言ってもいいでしょう。

そして、聖書において、一番大切なのはこの命です。
聖書の理解によりますと、私たちはこの命を神から与えられたものです。
ですから私たちは、本来、命を与えてくださった神との関係において生きる者です。

健康ということは確かに大切でしょう。
わたし自身もそれを常に願っています。そしてそれなりに気をつけています。
食事に気をつけるとか、適度に運動をするとかです。
かし、命を与えて下さった神との関係を無視した生き方においては、自己中心的な健康の考え方になると思います。すなわち、自分さえ健康であればいいと考えてしまいます。
健康を害して苦しんでいる人の苦しみが見えません。
健康が一番幸福だとすると、病気の人は不幸ということになります。
しかし、たとえ健康を害していても、その魂(プシュケー)が生き生きとしている人もいます。

最近、日野原重明氏と星野富弘氏との対談が本になりました。
『たった一度の人生だから』というタイトルです。
この対談の中で、星野富弘さんは、「いのちというのは、自分だけのものじゃなくて、だれかのために使えてこそ、ほんとうのいのちではないかと思いました」と言っています。

また、「毎日を平和に過ごす」と言うことを最も大切に考えている人がいます。
確かにそれは大切なことですが、これも下手をすれば自己中心的な考えになります。
すなわち、自分が平和に過ごせたらそれでいい、ということです。
自分の家庭、自分の職場、あるいは自分の国が平和であればよい、という考えです。
他の国に戦争があっても、抑圧があっても、そういうことには関心がない、という態度です。
あるいは、お金や財産が一番大切だという考えも、往々にして自己中心的になりがちです。

イエスは、先ほどの36節で、「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」と言われました。「全世界をもうける」とは、所有の極限でしょう。人間はあれも欲しい、これも欲しいと思うものです。そしてその最大のものを、全世界で表しているのです。
しかしイエスはここで、人は全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何もならない、と言われます。
人間はあらゆるものを手に入れることができたとしても、命を得ることはできません。
命は決して物によって交換できるものではありません。

エーリッヒ・フロムというユダヤ人の社会学者は、『生きるということ』という本を書きました。
この原書での題は、「持つことかあることか(to have or to be)」というものです。
彼は、この本の中で、現代社会においては、人間は「持つ」というあり方になっている、と言います。
そして、持つという場合、すべてを物に還元してしまい生きた関係を損なってしまっている、と言います。
それに対して、「ある」ということは、何も束縛されず、神から与えられた命、存在そのものを大切にする、と言います。
そして、他者との関係においては、与え、分かち合い、関心を共にする生きた関係となる、と言っています。このフロムの主張は、現代の物質文明を批判し、真の人間のあり方を追求しようとしたものです。

そして、私たちは、もう一歩進めて、真の人間のあり方は、私たちに命を与えて下さった神との関係に生きることだ、ということを考えたいと思います。
35節には、「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。」とあります。自己中心的な生き方をする者は、結局命を失ってしまう、とイエスは言います。私たちに命を与えて下さった神との関係に生きるということが、本当の命を得ることだということを思い、この命を大切にしていきたいと思います。

 

  2017-05-11 2017年5月9日(火)放送礼拝 メッセージ「万事は益となる」

5月9日(火)、放送礼拝が実施されました。
 
本校では、様々な形式をとった礼拝を、毎日守っています。
放送礼拝はそのうちの一つで、各教室にて放送で讃美歌を歌ったり、メッセージを聞いたりします。

  

  静かに、聖書の言葉に耳を傾けます。     夙川学院オリジナルの聖書讃美歌バッグです。
 

**************************************
ローマの信徒への手紙8章28-30節 「万事が益となる」
学院宗教主事 樋口進

人生には、自分の計画通りでないこともあります。
そのようなとき、自分の目指していたことは違うと言って、受け入れたくないと思うかも知れません。
しかし、自分の思っていない事態になってもそれを受け入れるならば、そこから新しい道が開けてくることがあります。
大事なことは、与えられたものを受け入れると言うことです。
人生には、自分の意志でないのに受け入れなければならないことがあります。
それは、自分が生まれてきたことです。
私たちは、自分の意志で生まれてきたのではありません。
芥川龍之介の小説に『かっぱ』というのがありますが、そこでカッパは生まれるときにお腹の中で、お前は生まれたいか、と聞かれると言うことがいわれています。今の世の中は、暮らしにくく、嫌だと思えば、「生まれたくない」と言うことができるというのです。
しかし、人間の現実にはそんなことはありません。
私たちは、自分の意志とは関係なく、この時代に、日本に、それぞれの両親の元に生まれてきたのです。
これは、受け入れるしかないのです。
こんな時代に生まれたくなかったと言っても、どうしようもありません。
しかし、このようにして生まれてきたことを、神によって与えられたものとして、受け入れるのです。
私たちは、自分で決められることももちろんありますし、決めなければならない場合もあります。

しかし、自分で決められないこともあります。あるいは、自分の望んでいない事態になることもあります。
皆さんの中には、夙川学院に入ることを望んでいなかった人もいるかもしれません。
そのようなとき、たとえ自分の望んでいなかったことでも、受け入れるということが大切なことです。
そして、それが神から与えられたものだと受け入れるならば、自分の望んでいないことでも神が良き方向に導いてくださるのです。

先ほど読んだ聖書のローマの信徒への手紙8章28節に、「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」とありました。
ここでは、神は万事を益としてくださる、と言われています。
ローマの信徒への手紙は、パウロという人が書いた手紙ですが、これはパウロの実際の経験から出た言葉です。
パウロは、初期のキリスト教の伝道者でした。彼は実に多くの地方に伝道し、キリスト教を広く伝えました。
パウロのお陰でキリスト教が世界の宗教になった、と言っても過言ではありません。
彼は、綿密に計画を立てて伝道したのですが、しかし計画通りに行かなかった場合も多くありました。
ある時は、北の方に行く計画をしていたのですが、何かの差し障りが起きてそちらに行くことができずに、逆の方に行かざるを得ないこともありました。そして、最初の計画を諦めて、別の方向も神によって与えられたものと受け入れて、そちらに行くと、そちらで思わない成果が得られたと言うこともありました。この「万事を益としてくださる神」ということは、そのようなパウロの実際の体験から出た言葉なのです。

私たちは、時には、とても辛いこと、苦しいことが与えられることもあります。
そのようなときも、そんなのは厭だ、と言って受け入れたくないかもしれません。
しかし、それを受け入れるならば、神が万事を益としてくださるのです。
パウロは、神は万事を益としてくださる、と言いました。
自分の考えていたことと違う事態になっても、その事態を受け入れ、それを神に与えられたものと受け止めるときに、神は万事を益としてくださるのです。パウロは、そのことを実際に何度も体験しました。
私たちの人生に於いても、私たちの計画通りに行かないこともあると思いますが、そのことも神によって与えられたものだと受けいれるならば、神は万事を益として下さることを覚えたいと思います。

 

  2017-04-25 2017年4月25日(火)イースター礼拝

4月25日(火)に、アリーナにてイースター礼拝とイースター作文朗読が行われました。

イースター礼拝は、今年本校で初めて行われた礼拝です。
イースター」は<復活祭>ともいい、十字架で処刑されたイエスキリストが3日後に復活したことを祝い、記念する、キリスト教の重要な行事の一つです。近年、日本でも注目され始めていますね。

今年は「振り返りとこれからへの思い」というテーマで、全校生徒が作文を書きました。
そして今日、各学年の代表生徒が壇上に上がって、自分の作文を朗読しました。

中学1年生 『中学生になって』
中学2年生 『先輩への思い』
中学3年生 『過去を振り返り、未来に向かって歩む』
高校1年生 『私の高校デビュー』
高校2年生 『自分を見つめ直し、そして成長』
高校3年生 『私の将来の夢』

 

 

 

それぞれの未来への思いがこめられた、素晴らしい作文でした。

期待と希望を胸に、これからの学校生活を送ってくださいね。

 

エゼキエル書37章1-10節  「希望に生きる」
学院長 樋口 進 牧師

今日はイースター礼拝です。イースターは、キリスト教の三大祭りの一つです。
三大祭りの一つは、クリスマスです。
これは皆さんご存じだと思いますが、イエス・キリストの誕生を記念するお祭りです。
もう一つが、このイースターですが、これは、イエス・キリストの復活を記念するお祭りです。
もう一つは、ペンテコステ(聖霊降臨日)と言いますが、これは余り知られていないと思います。

さて、イースターは、年によって日が違うのですが、今年は、4月の16日でした。
これには、特別の計算方法があるのですが、今日は割愛します。
とにかく、イースターは、イエス・キリストの復活を記念する日です。
復活、死んだ人が生き返る、私たちの頭では考えられないことです。
これを科学的に証明する方法はありません。
具体的にどういうことが起こったのか、それは聖書にもはっきりとは書かれていないのです。
書かれているのは、それぞれの弟子たちが、復活のイエスに出会ったというそれぞれの体験が書かれているのです。
それぞれが違う体験をしているのです。
ある人は、道を歩いている時に復活のイエスに出会ったのだが、それが誰か最初分からなかったが、一緒に食事をしている時に、それがイエスだと分かった、しかしその瞬間に消えてしまった、というのです。
しかし、共通して言えるのは、みんな希望が与えられた、と言うことです。
弟子たちにとって、イエスが一番大事であり、一番尊敬していたのです。
そのお方が、突然、十字架にかけられて殺されてしまったのです。
ここで、彼らはみんな、絶望状態に陥ったのです。
しかし、復活のイエスに出会うという体験をすることによって、絶望が希望に変えられたのです。
そして、イエスの教えていたことの意味がはっきりと分かったというのです。
そして、そのイエスの教えを他の人に伝えていく力が与えられたというのです。

さて、今日お読みしたは、旧約聖書のエゼキエル書です。
これは、イエスよりも600年位前の預言者が見た幻の記事です。
この幻も、イエスの弟子たちが体験したのと同じようなことが言われています。
どんな幻かというと、ある谷に多くの骨が散らばっていた、と言うのです。
恐らくここで、かつて戦いがあり、多くの兵士が殺されたのでしょう。
しかし、それから相当時が経ち、もう骨は白骨化していた、と言うのです。
しかし、その枯れた骨に、預言者が神の言葉を語りかけ、神の霊が吹きかけられると、それらは生き返り、多くの兵士となった、と言うのです。
ただこれは、幻であって、実際にこのようなことが起こった、というのではありません。
それでは、この幻が意味していることは何か、と言うことです。
それは、その後に書かれているのですが、「枯れた骨」というのは、当時のイスラエルの人々の絶望状況を表しているのです。
当時のイスラエルは、バビロニアという国に滅ぼされ、多くの人が捕虜として、敵の地に連れて行かれたのです。
そこで人々は、絶望状況に陥ったのです。
しかし、この預言者が、その絶望している人々に神の言葉を語り、神の霊が働いてくれるように祈った所、生きる希望を与えられた、と言うことなのです。
絶望が希望に変えられた、これが復活の体験なのです。
人間は、貧しさには耐えられます。
また、肉体的な苦痛にも、かなりの程度耐えられます。
しかし、自分が一番の頼りにしていた精神的な拠り所を突然失ったならば、絶望に陥るのないでしょうか。
たとえ、食べて寝てと肉体的に生きていても、精神的には全く死んだ状態です。
これが、「枯れた骨」と言われているものです。
人間は呼吸をし、動いているだけでは、動物的に生きていても、真に人間として生きているとは言えません。
目的を持ち、希望を持ち、たとえ苦労しながらでも喜びを味わい、積極的な意味を持っていなければ人間として生きるということにはなりません。
肉体的に生きるだけでなく、精神的に生きなければなりません。
まさに絶望状況にある人に希望を与えた、これが復活の体験だったと思います。

 「アンパンマン」という漫画の作者であるやなせたかしさんは、92歳で亡くなりましたが、彼の自伝的な本に『絶望の隣は希望です』というのがあります。
彼は、次のような詩を作っています。

 

  絶望のとなりに

  だれかが

  そっと腰かけた

  絶望は

  となりのひとに聞いた

  「あなたはいったい

  誰ですか」

  となりのひとは

  ほほえんだ

  「わたしの名前は

  希望です」

これは、やなせさんの実際の体験から作られた詩です。
彼は、漫画家になったのですが、40代、50代の頃は、代表作がなく、いろんな仕事をしながら、生計を立てていたそうです。
そしてしばしば絶望状態に陥ったそうです。
そんなとき、ある漫画家の先輩からこう言われたそうです。
「やなせ君、きみが落ち込む気持ちは分からんでもないが、人生はね、一寸先は光だよ。いいね、途中でやめちゃったら終わりだよ」と。
ここでやなせさんは、先輩の「一寸先は光」と言われた言葉に、非常に励まされ、地道に漫画を書き続け、ついに「アンパンマン」で大ヒットした、ということです。
これはもう、60歳になる頃だったということです。
ここから、絶望のとなりに希望がある、という詩を書いたのです。
イースターの時に弟子たちが体験したことも、先ほどのエゼキエル書の幻においても、絶望が希望にかわることが言われていました。
私達も、絶望に陥ることなく、希望をもって人生を歩みたいと思います。

 

 

  2017-04-20 2017年度 オープンスクール・学校説明会の日程

2017年度 オープンスクール・学校説明会の日程が決定しました。
 

2017年度オープンスクールの日程は以下の通りになっております。

「高等学校」

第一回 8月27日(日)

第二回 9月9日(土)

「中学校」

第一回 6月18日(日)
第二回 7月9日(日)
第三回 8月27日(日)
 

※高等学校・中学校ともに10:00~実施予定です。
 

 
2017年度学校説明会の日程は以下の通りになっております。

「高等学校」

第一回 9月24日(日)
第二回 10月7日(土)
第三回 10月28日(土)
第四回 11月5日(日)
第五回 11月25日(土)
第六回 12月2日(土)
第七回 12月17日(日)

「中学校」

第一回 9月9日(土)
第二回 9月24日(日)
第三回 10月28日(土)
第四回 12月2日(土)
 
※高等学校・中学校ともに10:00~実施予定です。

  
ご不明な点がございましたら、本校までご連絡下さい。(078-940-1131)

 

  2017-04-10 2017年4月10日(月)入学式

4月10日(月)入学式が挙行されました。

 
聖書朗読                       校長式辞

理事長式辞                     新担任紹介


新入生退場

新入生は新しい制服に身を包んで緊張した面持ちで入場されていました。
これからの学校生活を楽しんでいきましょう!!

入学式後特別講演として、駐日ギニア大使館顧問である、オスマン・サンコン氏による講演会が実施されました。
講演中会場に笑いが起きるなど、とてもいい雰囲気のなか、オスマン・サンコン氏の『命の大事さ』や『両親に対する感謝』といった内容の講演をしてくださいました。

 

   2017年4月8日(土)始業式

4月8日(土)夙川学院中学高等学校の始業式が挙行されました。

春休みの間は静かだった学校に、また元気な声が戻ってきました。

始業式の前に、柔道部の表彰がありました。
   
 第39回全国高等学校柔道選手権大会女子団体戦 優勝

柔道部の皆さん、おめでとうございます。

   

各種表彰の後に、今年就任した理事長、校長よりお話がありました。

いよいよ新学期スタートです。皆さんが夢と目標を持ち、日々小さな努力を続けることのできる1年になればと思います。新たな気持ちで、学びを深めていきましょう!

今年度もよろしくお願いいたします。

 

  2017-03-15 3月14日(火) 餅つき大会

3月14日(火)、中学生による餅つき大会が実施されました。
 
 
中学生にとって餅つき大会が今年度最後の行事となります。
顔や体操服を真っ白にしながら、自分たちでついて丸めたお餅を、口いっぱいにほおばっていました。
元気な笑い声が校内にはじけて、中学生活の楽しい思い出の一つとなりました。

 

   3月13日(月) 清掃活動

3月13日(月)、中学生による清掃活動が行われました。
 
 


奉仕活動の一環として、学校周辺や駅までの通学路の清掃を行う予定でしたが、雨模様のため、校内の清掃に変更となりました。キャニオンのタイルとガラスを夢中になって、ピカピカに磨き上げました。活動終了後に、あたたかいスープとデザートをいただきました。

 

  2017-03-13 2次入試・D日程入試について

本日より高等学校では2次入試、中学校ではD日程入試の出願を募集しております。
詳細はこちらをご覧下さい。
→高等学校:
2次入試について
   中学校:D日程入試について


ご不明な点がございましたら、本校までご連絡下さい。(078-940-1131)

 

  2017-03-11 平成28年度 中学校卒業式

本日、平成28年度夙川学院中学校卒業式が挙行されました。
 
 

 

今年は14人の生徒が夙川学院中学校を巣立って行きました。
今日まで3年間学んだことを忘れず、これからも日々成長していってください。

 

   3月8日(水) 学期末指導・表彰・生徒指導講演会

3月8日(水)に、アリーナにて学期末指導・表彰と生徒指導講演会が行われました。

 

学期末指導・表彰
 
学期末指導では服装についてや追試験・再試験についてのお話しを聞きました。
また、吹奏楽部とESS部の代表者が壇上に上がり、表彰が行われました。吹奏楽部は、第44回兵庫県アンサンブルコンテストにて銀賞を受賞し、ESS部は、
平成28年度神戸新聞社杯プレゼンテーションコンテストにて第3位を受賞しました。

 

生徒指導講演会
 
生徒指導講演会では、携帯電話に伴うトラブルなどの事例とその予防対策についてビデオを使って警察官の方に紹介して頂きました。
携帯電話において軽はずみな気持ちでクリックすることの怖さを再確認できたと思います。今日学んだことをしっかり頭に入れてトラブルに巻き込まれないようにしておきましょう。
  
  

   

 

  2017-03-06 3月3日(金) 中学3年生卒業行事(ボーリング大会)

3月3日(金)に、中学3年生を対象に卒業行事として、ボーリング大会が行われました。

 

 

 

朝9:50に三宮のラウンドワンに集合し、ボーリング大会が始まりました。
くじ引きでチーム分けを行い
、全員楽しそうにしていました。
 

 

 

景品も貰ってとっても喜んでいました。
残りわずかの時間も思い出の日となるよう過ごしていってほしいと思います。
 

 

  2017-02-22 全校礼拝

本日、全校礼拝が実施されました。

 聖書:マルコによる福音書10:13~16  
 讃美歌:451番  「子供のように」

 

 今日読んだ記事は、イエスが子供たちを祝福した、という記事です。13節には次のようにあります。イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。ここで、「人々が子供たちを連れて来た」と記されています。この人々がだれなのか、その幼子がどのような人で、何人なのか、何の目的で連れて来たのか、ということは一切言われていません。イエスの周りには、実に色々な人が集まりました。子供は、当時のユダヤ人の社会では、何等重要視されない、無視された存在でした。それは、子供はまだユダヤ教の律法を守ることが出来ない存在であったからです。しかし、イエスは、その子供を重要視しました。 さて、今日のところで、人々が幼子を連れて来たのは、イエスに触れて頂くためだ、とあります。恐らくこの人々というのは、田舎の素朴な人々で、イエスの評判を聞きつけて、イエスに触れてもらったら何かいい事でもある、と単純に思ったのでしょう。彼らはイエスが病人に触れたら病が癒された、というような評判でも聞いたのでしょう。いわば、御利益的な思いから、わが子をイエスに触ってもらおうとしたのでしょう。 しかし、それを見て、弟子たちは「叱った」とあります。この「叱った」と訳されている語は、もっと強い調子の言葉です。「叱りつけた」位でしょう。 この「子供たち」と訳されている語は、ギリシア語ではパイディオンという語ですが、新生児に使われることもあれば、12歳位の娘にも使われることもあります。従って、この語は、かなり幅のある年令の子供をさしています。従って、ここでイエスの所に連れて来られた子供は、赤ちゃんであったのか、あるいはもう思春期になる位の子であったのかは、分かりません。そして、この語は複数になっているので、一人ではなく、何人か、恐らく数人であったでしょう。突然の子供の登場は、弟子たちには、余計な事であり、そのような子供たちが邪魔であったでしょう。 しかし、イエスの態度は弟子たちとは、対照的です。14節には、
  しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」
とあります。ここでイエスは「憤った」と言われています。勿論弟子たちの態度に対してです。弟子たちは、むしろイエスの為を思ってしたことであったかも知れません。即ち、忙しいイエスにそんな子供にわずらわせてはいけない、と配慮したのかも知れません。しかし、それはイエスのみ心とは全く違っていたのです。この「憤った」というのは、非常にきつい語です。激しい怒りを表します。そして、この語がイエスに言われているのは、ここだけです。ここには、子供たちに対するイエスの愛と、子供たちを軽んじる弟子たちに対する非難が表されています。そしてイエスは、「神の国はこのような者の国である」と言います。これは一体どういう意味でしょうか。子供は汚れがなく純粋であるから神の国にふさわしい、ということを言っているのでしょうか。しかし、子供も結構いじわるをしたり、悪いことを考えたりします。必ずしも罪がない、純粋だとは言えません。子供自体が評価されているのではありません。そうではなく、子供は全く無力な存在である、ということです。これは高く評価されているというよりは、負の評価です。当時のユダヤ人の一般的な判断によると、子供は律法については無知であり、それゆえに律法に照らして神の前に自分を主張出来ない存在です。従って、子供は、自分に誇るべき何物もないのです。社会的にも、何の力もなく、何の影響力もないのです。もし、親や大人の庇護がなければ、子供は非常に惨めな存在です。それゆえに、いつの時代にも、子供が受難を受けることがあります。そして現代においてもそういう現象がしばしば見られます。子供は無力であり、大人の暴力に抵抗することも出来ません。また、法律などを知らないために、自分を主張することも出来ません。また、日本では、最近幼児虐待ということが社会問題になっています。最も頼るべき実の親に虐待されたら、子供は一体だれに頼ればいいのでしょうか。子供というのは、そのように本質的には全く無力な存在なのです。イエスは、その自ら何の誇る所もない、弱い存在である子供を受け入れ、愛し、祝福したのです。 ここでイエスが子供を祝福したのは、子供の側にそれにふさわしいものがあるからではありません。それは神の徹底的な恵みの賜物にほかなりません。神の一方的な恵みです。ここでイエスは、数人いたであろう子供を一人一人吟味して、それに基づいて祝福をしたりしなかったり、ということはしていません。全く無条件にどんな子供も受け入れ、等しく祝福しているのです。勿論ここで、子供たちは、初対面のイエスに対する信仰などはもっていなかったでしょう。子供たちの側に何か祝福に足るものをもっていたからではなく、全く無条件にイエスは彼らを祝福したのです。これは当時のユダヤ教からは、考えられないことでした。当時のユダヤ教は、律法主義、功績主義でした。その人に何らかの功績なり、資格なりが必要でした。従って、律法を忠実に守り、自分に資格があると思う人は、自分を誇り、資格のない人を見下げたのです。子供は当然、大人のように律法を忠実に守ることが出来なかったから、低く見られていたのです。イエスは、そのように当時の社会において低く見られた人にあえて近付き、交わりをもたれたのです。それは取税人であり、病人であり、女性であり、子供であった。しかし、イエスはこのような無力な人を受け入れ、愛されたのである。 15節には
  はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決  してそこに入ることはできない。
とあります。子供は全く無力な存在です。従って、常に親に頼ります。このことと、自分に誇るべき物がない者は、神に頼らざるを得ない、ということと比べているのです。私達はどうでしょうか。何か誇るべき物を持っているでしょうか。私達も実は、本当は無力なものではないでしょうか。本当は、何も誇るべきものは、ないのではないでしょうか。ただ神に頼るしかない存在ではないでしょうか。そしてそういう姿を謙虚に認めるならば、私達はかえって神の国が近いのです。私達も幼子のように神の国を受け入れる者でありたいと思います。

 

  2017-02-20 平成28年度 高等学校卒業式

2月18日(土)に、平成28年度夙川学院高等学校卒業式が挙行されました。
 

 


150名の生徒たちが夙川学院を巣立っていきました。
卒業生からのサプライズとして歌とメッセージがあり、とても感動する卒業式となりました。
 

 


花道では、在校生が一生懸命盛り上げてくれました。
 


夙川学院で学んだことを胸に、これからもたくさんの場で活躍していってほしいと思います。

 

  2017-02-15 卒業送別礼拝

本日、卒業送別礼拝が実施されました。
 

 

聖書:エフェソの信徒への手紙5章6-8節   
讃美歌:493番・465番
「希望の光」

今日は、中学高校の卒業送別礼拝です。夙川学院では、卒業送別礼拝においてローソクに火を灯します。なぜ、こんなことをするのでしょうか。ローソクの火は、光を象徴します。聖書においては、光は希望や救いを表します。クリスマスにおいても、ローソクに火を灯しましたが、これは暗い世の中にキリストは、光としてこの世に来られ私たちに希望や救いをもたらして下さったということ意味します。皆さんは、真っ暗ということを経験したことがあるでしょうか。真っ暗の中にいますと、本当に底知れない恐怖に陥ります。皆さんは、停電を経験したことがありますか。わたしの小さい頃は、よく停電がありました。夜停電になると、あたりが真っ暗になり、周りに何があるか一切分かりません。ちょっとしたものにつまずいたりして、とても不安と恐怖に陥りました。そして、しばらくして電気がつくと、ほっとしました。旧約聖書の一番最初の所で、神は何もなかった所に、まず最初に光を造った、ということが書かれています。これは、神はわたしたちに救いと希望を与えたということを言おうとしているのです。卒業生は、今から、新しい進路に向かいます。不安があるのではないでしょうか。ローソクの火は、そのようなときに希望を持って歩んでください、というメッセージなのです。不安を持ったとき、聖書を読んでください。きっと、聖書の言葉は、皆さんに希望の光を与えてくれるでしょう。それから、光には、もう一つ意味があります。先ほどの聖書に、「光の子として歩みなさい」という言葉がありました。これは、正しい歩みをする、ということです。人に恥じない正しい歩みです。暗闇だと、何をしているのか分かりません。不正なことは、闇として表現されます。闇に支配されると不正が横行します。先ほどの聖書に、「むなしい言葉に惑わされてはなりません」とありました。闇に支配されると、空しい言葉に惑わされて、間違った方向に歩んでしまいます。そのような所に行かないで正しい道を示してくれるのが光です。光は正々堂々とした歩みです。皆さんも、これからの歩みにおいて、正々堂々と正しい歩みをしてください。その正しい歩みも、きっと聖書を読めば教えてくれるでしょう。卒業する方々は、今後の歩みに不安や恐れがあるかも知れませんが、ローソクの光を思い出し、希望を持って、正しい道を歩んでください。在校生の皆さんも、先輩にならって、希望を持って、勉学生活を続けて下さい。

 
中学3年生、高校3年生が卒業するにあたり、毎年送別礼拝を実施しています。
1つの親火から生徒一人一人のロウソクに届いていきました。
この灯火のように卒業生も明るく、また輝いていってほしいと願っています。

 

  2017-02-11 2月8日(水) 全校礼拝

2月8日(水)全校礼拝が実施されました。

 

 

聖書:マタイによる福音書6章1-4節
讃美歌:465番
「隠れたことを見られる神」

6章2節には、だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられ     ようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。とあります。当時のファリサイ派の人々は、大きな施しをする時、ラッパを吹き鳴らしていた、というのです。これはいささかオオバーかも知れません。いかにも今施しをしました、ということを人に見せるためです。そして人から、あの人はあんな沢山施しをしている、偉い人だ、とほめられるためでした。それに対してイエスは、3節において、
    施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。
と言われました。これも非常にオーバーな表現ですが、善行は人に隠れてすべきだ、ということです。しかしそれは、隠れたことを見られる神にのみ見られており、神によって報いを受ける、というのです。  私は、学生の時代、多少苦学をしていました。本を買うお金がないので、アルバイトをしていました。しかし、それを知ったある人が、匿名で私への本代としてお金を送って下さいました。私は、それを月一回、受け取りました。ただし、送ってくれた人は、匿名であったためにだれかは分かりませんでした。それで、私はアルバイトをせずに本を買うことができました。当時のお金でかなりの額だったように思います。私は非常に助かり、もうアルバイトをせずに本を買うことができました。そのうち、その人が分かったらお礼を言いたいと思っていたのですが、未だにその匿名の人がだれかは分からないのです。その人は、きっとこのイエスの「右の手のすることを左の手に知らせてはならない」という言葉を忠実に守られたのではないかと思います。今の世の中、これとは逆のことが多いのではないでしょうか。コマーシャルの時代で、自分の徳をもテレビで宣伝している人もいます。それも、何倍にも増幅して宣伝しているのです。神にではなく、人にどう評価してもらうか、ということが横行しています。そこで、人にわからなければ善い行いをしないどころか、逆に不正なことをしています。そのような事件が頻発しているのではないでしょうか。最近は、企業でも官庁でも不正な事件が横行しています。世の中、実に人の目をいかにごまかして利益を得るか、ということに満ちているように思えます。しかし、人の目をごまかせたとしても、隠れたことを見られる神の目は決してごまかせないのです。人は表面的なことを見て評価しますが、しかし神はその表面から隠れた所を見られるのです。今日のテキストにおいて、最後は「そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる」という言葉で締めくくられています。神に対する畏れというものがほとんどありません。それゆえに、私達の心を痛める事件が次から次へと起こります。かつて、飲物や食べ物に毒物を混入させるという事件が頻発しました。犯人は何のためにそのようなことをしたのでしょうか。これも「隠れたことを見られる神」という信仰が全くない所から起こっているのではないでしょうか。しかし、人間の目には分からなくても、神の目にはすべてが分かっているのです。私達は、この畏れをもつ必要があります。私達は、隠れたことを見られる神への信仰を常にもち、この神が報いてくださるようにと日々の生活を歩みたいと思います。

 

   平成28年度 高3体育科修学旅行ー6~7日目ー

高校3年生体育科が北海道へ修学旅行に行ってきましたので、6~7日目の様子を写真で振り返ります。

 

 
6日目は午前中に旭山動物園へ行き、たくさんの動物を見た後、旭川ラーメン村にて昼食をとり、ホテルへ向かいました。夜はアイスビレッジ散策を行い、この日も予定がたくさん詰まった一日となりました。

 


最終日の7日目はサッポロ雪まつりを見学し、たくさんの雪像制作を見ました。札幌ファクトリーへ移動し、昼食をとり、その後に空港へ向かいました。


 
高校3年生体育科にとって最後の行事が終わりました。この修学旅行で生徒達は、普段味わうことのできない北海道の大自然を学ぶことができました。

  

 

  2017-02-06 平成28年度 高3体育科修学旅行ー2~5日目ー

高校3年生体育科が北海道へ修学旅行に行っていますので、2~5日目の様子をお送りします。


 
2~3日目はニセコひらふスキー場にて朝から夜までスキー実習を行いました。


 
4日目は午前中にスノーモービルを体験し、午後からは小樽市内にて自由行動となりました。


 
5日目は午前中に白老ポロトコタンへ行き、アイヌの歴史と文化に触れ、午後からはノーザンホースパークへ行き、馬と触れ合う時間を過ごしました。


天候は曇りもしくは吹雪の予報が多く、寒い修学旅行となっておりますが、残り2日間も思い出となる日になりますように。

 

  2017-02-03 第48期生美術科卒業制作展 受賞作品のご紹介

美術科第48期生卒業制作展が西宮市立市民ギャラリーにて開催されています。

 

卒業制作展が下記の通り実施されています。
 
開催期間:
2017年1月31日(火)~2月5日(日)
開催時間:
AM10:00~PM5:00 (最終日PM3:30まで)
開催場所:西宮市立市民ギャラリー

 


今回は美術科生徒の受賞作品をご紹介します。

◆最優秀賞

<イラストレーション>Let it all out.

◆優秀賞

<油画>アンビバレンスなサロメ

◆優秀賞

<彫刻>個性大漁

◆努力賞

<油画>found alight

◆努力賞

<彫刻>あかり

◆努力賞

<ビジュアルデザイン>手紙

◆努力賞

<ビジュアルデザイン>ぬけだせない


他にもたくさんの生徒出展作品が西宮市立市民ギャラリーにございますので、是非とも足を運んでみてください。




 ※お車でお越しの際は、大谷記念美術館駐車場をご利用ください。

たくさんのご来場お待ちしております。

 

   2月1日(水) 全校礼拝

2月1日(水)全校礼拝が実施されました。

  

聖書:ローマ人への手紙12章9-21節
讃美歌:451番  
「よい人間関係」

私たちは、よい人間関係を結びたいと思います。そのためにはどうしたらいいのでしょうか。その時に大切なのは、自分中心ではなく、相手のことを思うと言うことです。ローマの信徒への手紙を書いたパウロという人も、常によい人間関係を築くために努力したと思います。その総括のようなことが、今日の所に書かれています。今日読んだことをすべて行うことは難しいかもしれませんが、この中の一つでも二つでも行うことができれば、人間関係も少しよくなると思います。このローマの信徒への手紙は、パウロがローマの教会に集まっている人々に書いた手紙ですが、教会に集まっている人もいろいろあって、人間関係にいろいろな問題も起こったようです。全部についてお話しする時間がないので、そのうちのいくつかを取り上げてお話しします。そこで、パウロが勧めた生き方が今日読んだものです。まず最初に、9-10節には、
  愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をも  って互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。
とあります。私たちがよい人間関係を結ぶとき、基本となるのは愛だと思います。そこでパウロは、まず最初に「愛」を勧めます。この愛は、聖書においても最も中心のものです。パウロは、この世で生活するに当たってのいろいろな勧めをなしますが、その根本に愛がなければ、一切は無益だ、ということで愛から語り始めていると思います。 さて、9節からは、沢山の勧めがなされています。
それら一つひとつはどれも、私たちがよい人間関係を結ぶためにすべて大切なものばかりです。しかし、一つひとつを取り上げて話していけば、とても一回の話では足りません。このうちの一つでも二つでも行うことができれば、人間関係はよくなると思います。そこで、今日は2、3のものだけを取り上げることにします。15節には、
  喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。
とあります。泣く者と共に泣くということは、比較的易しいかも知れません。不幸にあった人に同情することは比較的できるのではないでしょうか。しかし、喜ぶ者と共に喜ぶ、というのは、そう容易ではありません。人間は、自己中心的であり、他人の幸福をそう素直に喜べないのです。人間には嫉妬心があるからです。これができるのは、本当の愛に生かされた人ではないでしょうか。例え他人の幸福を素直に喜べない人でも、同じ家族の者の幸福は喜ぶのではないでしょうか。親は、子供の幸福を無条件で喜びます。子供の幸福に嫉妬する親というのはあまりないと思います。ですから、友達も家族のように大切だと思うことができれば、共に喜ぶこともできるでしょう。 次に18節には、できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさいとあります。人と争わず平和に暮らすということも大切なことです。人と平和に暮らすには、ある程度自分を押さえなければなりません。お互いに自我を押し通すところからは、平和は生まれません。これにはやはり、愛と忍耐が必要でしょう。 次に19節には、
  愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたし  のすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。
とあります。人間は、「喜ぶ者と共に喜ぶ」ということが中々出来ませんが、それどころか、人への憎しみを持ちやすいものです。人の過ちを中々赦すことが出来ず、報復をします。人間の歴史は、報復の歴史だ、といってもいい位、報復が繰り返されています。そしてしばしば、この報復ということが美化され、また美化とまではいかなくても、当然の権利である、と思われています。日本の昔の話にも、「仇討ち」の話がよくありますが、忠臣蔵などに代表されるように、仇討ちということが美化されていました。これは何も日本だけでなく、世界中に似たような話が沢山あります。ということは、人間とはいかに赦せないか、報復せずにおれない存在か、ということを示しているように思えます。現在においても、テロ事件が起こると被害に遭った方は、報復します。そうすると、報復された者は、その報復としてまたテロ事件を起こします。このように報復の連鎖となって、留まる所を知りません。人間は、中々人を赦せないものですが、もし赦すことが出来れば、それは神の愛の働きのような気がします。 ここでパウロが勧めている生き方を少しでも実行することができれば、よい人間関係を築くことができると思います。

 

  2017-02-01 平成28年度 高3体育科修学旅行ー1日目ー

高校3年生体育科が北海道へ修学旅行に出発しました。

8:15に伊丹空港を、全生徒が無事に出発しました。
2日目からは朝~夜までスキー実習があるので、存分に楽しんでもらいたいと思います。

 

  2017-01-31 美術科卒業制作展のお知らせ

本校美術科第48期生の卒業制作展のお知らせをいたします。

 
<<日時>>

2017年1月31日(火)~2月5日(日)
AM10:00~PM5:00 (最終日PM3:30まで)

<<場所>>
西宮市立市民ギャラリー

<<アクセス>>

阪神香櫨園駅下車南へ徒歩6分
阪急夙川駅下車南へ徒歩17分
JRさくら夙川駅下車南へ徒歩15分
阪神バス・阪急バス川東町下車すぐ
※お車でお越しの際は、大谷記念美術館駐車場をご利用ください。

たくさんのご来場お待ちしております。

 

  2017-01-30 1月25日(水) 全校礼拝

1月25日(水)全校礼拝が実施されました。

 

聖書:マタイによる福音書18章21-35節
讃美歌:451番
「赦しについて」

 今日は、赦しということについて考えたいと思います。私たちは、人から被害を受けたとき、どれ位赦すことができるでしょうか。被害が大きければ大きいほど、相手を赦すことはできないと思います。今日のところでペトロは、イエスに「7回までですか」と聞いています。この「7回まで赦せ」という教えは、当時のユダヤ教の教えにありました。人を赦すということは、本当は非常に難しいことです。人間的にできた人で寛容な心の持主であっても、表面的に人を赦せたとしても、心の片隅では、いつまでも赦すことができない、ということがあります。1~2回ならなんとか赦せても、ここのペトロのように7回も赦せるとしたら、非常に寛容な人でしょう。人間というのは、中々自分に加えられた被害を忘れ去ったり、赦したりはできないものです。自分に加えられた侮辱とか侮りといったものは、たとえ20年前30年前のものであってもしつこく覚えているものです。 しかしイエスは、「7の70倍までも赦しなさい」と言われます。これは7X70=490で、ペテロの7回は少ない、もっと多く490回まで赦しなさい、と言っているのでしょうか。これはもう数え切れない、無限ということです。それを説明するために、ここでこのたとえをイエスは語ったのです。ある人が友達に会って、貸していた百デナリオンを返せと言った、というのです。1デナリオンというのは、当時の日雇い労働者の1日の賃金に相当する額だと言われています。仮に5千円とすると、百デナリオンだから50万円になります。50万円といったら大きなお金だから必死になって取り返そうとするのは分かります。この仲間は、お金がなかったのでしょう。もう少し待ってくれるよう必死に頼んでいます。しかし、この男は赦さなかったのです。この男は、仲間(友人)に対してですから、少し冷酷であるかも知れませんが、借金の時にかわした契約の通りしているのであれば、特に間違ったことはしていません。私達の普通の世間では、よくあることかも知れません。契約の通りに返せなかったら、それなりの処分や罰があります。ここだけを読むと確かに少し冷酷とは思いますが、並外れて間違ったことをしている訳ではないと思います。 しかしイエスは、実はこの男はそれ以前に神から莫大な負債を赦されたのであって、それを忘れてしまっている、あるいはそれを無視している所にこの男の問題があるのだ、と言っています。33節に。
  わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。
まず主人(神)の憐れみがあります。そして、それに応えて私達も仲間を憐れむべきだ、と言われています。イエスはここで、神が私達に与えた赦しがいかに大きいものであるかということを、たとえで教えておられます。この家来は、実は王に1万タラントンの借金があったのだ、とイエスは言います。この一万たらんトンというのは、実に3000億円という計算になります。この家来は確かに50万円もの金を仲間に貸していましが、その60万倍の金を王から赦されたというのです。こんな大金は一生かかっても到底返すことはできません。最初は、妻子まで売るようにと言うのですが、この家来が哀願している姿を見たとき、主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった、というのです。この主君は、いったんは自分と妻子も奴隷に売って借金を返せと言いましたが、ひれ伏して哀願している姿を見て「憐れに思った」とあります。そして、この憐れな姿を見た王は、この1万タラントンという莫大な借金を赦してくれた、というのです。そしてイエスは、これが神の私達に対する態度だ、と言うのです。この男は一生かかっても返せないような借金を赦されたのに、その直後にわずかの金を貸した友人に会って、これを赦せずに獄にぶち込んだ、というのです。もし私達に実際にこんなことが起こったとしたならば、簡単に赦すと思います。たった今、一生かかっても返せない多額な借金を赦されたすぐ後に、こういう冷酷なことをするでしょうか。もしそうなら、この男は世にもまれな特別に冷酷無比な人であったのでしょうか。この男は特別な冷酷な人というのではなく、私達と同じです。すなわち、赦されているものの大きさが分かっていないのです。否、そもそも自分は「赦された者だ」という自覚がないのです。私達も、あるいは神からどれほど大きなものを赦されているかを分かっていないのではないでしょうか。イエスはここで、「私達は、神によって実に大きなものを赦されているのだ」ということを言おうとしているのです。しかもその赦しは、私達が一生かかっても返すことのできないような莫大なものを赦されているのです。しかし私達は、このことに気がつかないのです。気がついたとしても、その赦しがこれほど莫大なものである、ということを知らないのです。それだからこそ、他人のほんのささいなことも赦せないのではないでしょうか。私達は、他の人を赦さなければならないというのでなく、私達が神によって「赦された者」であるということを、心から受け入れることが出来れば、他の人をも赦すことができるでしょう。

 

  2017-01-23 1月18日(水) 全校礼拝

1月18日(水)全校礼拝が実施されました。

聖書:詩編46編2ー8節
讃美歌:520番
「阪神淡路大震災を覚えて」

 

 さて本日は、昨日で「阪神淡路大震災」から22年になりますので、それを覚えて礼拝を行います。この大地震については、生徒の皆さんは生まれていなかったですが、皆さんのお父さんやお母さんに聞いてよく知っていると思います。教職員の方々は、実際に経験されたことと思います。1995年1月17日の早朝6時少し前に、マグニチュード7.3の大地震が起こり、6千人を超える人々が犠牲になりました。夙川学院でも高校生2名が犠牲になりました。また、家屋の被害が5800万円ほどになりました。戦後最大の災害となりました。その後、2012年に東日本大震災が起こりましたので、現在ではこれが最大の被害となりました。私は、当時は、京都に住んでいたのですが、京都でもかなり大きく揺れ、非常に驚きました。さらに驚いたのは、テレビにて次々と写される被害の状況でした。高速道路は倒れ、神戸の大きなビルも倒れ、新幹線の橋桁も倒れていました。また、神戸のいろいろな所で火災が発生し、火の海のような光景が画面に出されました。私は三日目に、阪急電車で京都から西宮北口まで来て、そこからは電車が動いていなかったので、自転車を借りて、神戸まで走りましたが、目にする光景は、今までに見たこともない光景で、現実とは思われませんでした。家という家は倒れ、まるで戦争の後のようでした。自然の脅威というのは、恐ろしい、そして、人間は自然の脅威には勝つことができないという無力感を感じました。現在はすっかり復興して、神戸の町や西宮の町を見ても、そのような光景を連想させるものはほとんどありませんが。 この大震災でつくづく思わされたことは、私たち人間の力は大自然の力の前には無力である、ということです。今や宇宙にまで生けるようになり、さまざまな難病を克服し、さまざまな便利な品があふれている現代文明ですが、あの地震の威力にはなすすべもありませんでした。そういう意味では、人間は謙虚にならなければなりません。そういうとき私たちには、祈ることしかできません。 さて、聖書にも自然災害については多く記されています。先ほどの詩編46編3-4節には、次のようにありました。
  わたしたちは決して恐れない
  地が姿を変え
  山々が揺らいで海の中に移るとも
 
 海の水が騒ぎ、沸き返り
 
 その高ぶるさまに山々が震えるとも。
ここでは、地震と津波が暗示されています。ここにおいても、このような自然の大災害には、人間は全くの無力です。神に祈るしかありません。そしてこの詩人は、神は必ず助けてくださる、と信じています。2節には、
  神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。
  苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。
とあります。この詩篇の詩人は、「たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。」と言っています。聖書の言葉というのは、「苦難の時」に大きな力を与えてくれるものです。2-3節を見てみます。
  このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
  たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は
  震え動くとも、われらは恐れない。
また6節を見てみます。
  もろもろの民は騒ぎたち、もろもろの国は揺れ動く、神がその声を出されると地は溶ける。
ここには、天変地異、あるいは戦争による激動があります。戦争が起こった時の動揺、敵が攻めて来た時の恐怖は、想像を絶するものです。2節で、「山は海の真中に移るとも」と言われているのは、大地震のことかもしれません。「山」というのは、動かないもの、泰然としているものです。しかし、大地震によってそれが海の中に移るというのです。もしそんな大地震がくれば、私達はあわてふためくでしょう。阪神淡路大震災においても、地滑りが起こって大勢の人がなくなりました。また、大きなビルが倒れたり、高速道路が倒れたり、想像もしないことが起こりました。私達も大地震の恐ろしさというものを実感しました。  しかし、私達を恐れさせているのは、そのような戦争とか、天変地異だけではありません。私達の人生においても、いろいろな時に動揺や恐怖があります。むしろ不安、動揺、激動の連続なのではないでしょうか。ちょっとしたことで動揺し、中々落ち着いた気持ちになれません。しかしこの詩人は、「このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない」と言っています。それは、この詩人が、神が常に共におられる、と確信していたからです。7節には次のようにあります。
  万軍の主はわれらと共におられる、
  ヤコブの神はわれらの避け所である。
この神こそが、私達の助けです。この詩人は、2節において、
  神はわれらの避け所また力である。
  悩める時のいと近き助けである。
と言っています。たとえ地が変わっても、山々が海に移っても、その地や山を創造された方は、永遠に変わることはありません。天地万物の創造者なる神こそ、私達の真の助けであり、私達が絶対に信頼すべき方です。この詩人は、1節で「神はわれらの避け所」と言っています。

 

  2017-01-16 スキー実習(高校1年生グローバルアスリートコース・高校2年生体育科)ー5~6日目ー

高校1年生グローバルアスリートコース、高校2年生体育科がスキー実習に行ってきたので、5~6日目の様子を写真で振り返ります。

 
 
  
実習4日目の1月13日(金)の午前中は検定に向けて最終練習を行い、午後に検定試験が行われました。高校1・2年生とも無事に全員合格しました!14日(土)の朝に閉校式を行った後出発をし、17:00頃に学校に帰ってきました。この実習が今後に活かせればと思います。

 


 
今回のスキー実習で、栂池高原にてスキー実習を始めたのがちょうど50周年でした。記念品として掛け時計と横断幕が贈呈されました。  

 

  2017-01-13 スキー実習(高校1年生グローバルアスリートコース・高校2年生体育科)ー1~4日目ー

高校1年生グローバルアスリートコース、高校2年生体育科がスキー実習に行っていますので、1~4日目の様子をお送りします。


 
 
 
1月10日(火)から実習が始まり、実習の2日間は教員の指導の下、実習を行いました。実習3日目の12日(木)からは検定実習にうつり、インストラクターの指導の下、2年生は3級の取得、1年生は4級の取得に向けて実習を行っています。終盤にさしかかって、検定取得まであとひと頑張りです!

  

 

   1月11日(水) 全校礼拝

1月11日(水)全校礼拝が実施されました。

  

聖書:フィリピの信徒への手紙2章1-4 
讃美歌:471番
「思いやり」

皆さんは。何気ないことで人を傷つけてしまうことがないでしょうか。また、逆に人に傷つけられることはないでしょうか。結構あると思います。今日は、「思いやり」と言うことについて考えてみましょう。夙川学院高校の「学校案内」の一番最初に次のように書かれています。「本学院においては、キリスト教教育を教育理念の柱として、心豊かな思いやりのある人間の形成を目指します。」ここに、「思いやりのある人間の形成を目指す」と明記されています。この思いやりというのは、聖書の精神でもあります。今お読みしたフィリピの信徒への手紙2章3-4節に
  何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。
とありました。「自分のことだけでなく、他人のことにも注意をする」、これは思いやりの精神と言うことができます。これはとても大切なことであると思います。「思いやり」というのを『広辞苑』で調べてみると、「自分の身に比べて、人の身について思うこと」とあります。別の言葉で言うと、「その人の立場に立って思う」ということです。イエスの有名な言葉に、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい。」というのがあります(マタイ7:12)。これは最も大切な教えだということで「黄金律」と言われています。「その人の立場に立って思う」ということはとても大切なことですが、それが中々出来ないというのもまた人間の悲しい現実です。これが出来れば、世の中は幸せになると思います。今の日本は、このような「思いやり」の心に欠けているのではないでしょうか。そのために心を痛めるような悲しい事件が、次から次へと起こっています。人間はしばしば言葉に傷つきます。人から言われた厭な言葉に落ち込むこともよくあります。それがひどい場合には、自殺にも追い込まれます。最近では、ツイッターなどインターネット上の書き込みで、個人を非難中傷したりと言うことが良くあります。そして、そういうことを書かれた人は非常に傷つきます。書く方は、軽い気持ちで書くのかもしれませんが、書かれた方は本当に死ぬ位つらい気持ちになります。実に思いやりの精神に欠けた行為だと思います。こういうとき、思いやりの精神をもつことができれば、つまり、もし自分がこのようなことを書かれたら、と相手の気持ちに立つことができれば、こういうことは起こらないと思います。旧約聖書の箴言12章18節に、
  軽率なひと言が剣のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す。
という言葉があります。人に対する一言の言葉がひどく傷つけることもあります。また逆に一言の言葉が人を癒すこともあります。精神科医で執筆活動もされている斉藤茂太という人の本に『いい言葉は、いい人生をつくる』というのがあります。相手に対していい言葉をかけるなら、それはその人の人生もいいものにするということが書かれています。そこで、斉藤さんは、人にはできるだけ思いやりのあるいい言葉をかけるように努めている、と言います。人の立場に立って、「思いやり」のある生き方をしたいものです。今日の聖書の言葉にあるように、私たちも「自分のことだけでなく、他人のこともよく考える」思いやりの精神をもちたいと思います。


   

 

  2017-01-10 平成28年度 3学期始業式

本日、本学院アリーナにて3学期始業式が行われました。


 
 


明日から授業が始まります。インフルエンザが流行していますが、体調管理に気をつけ、明日からも元気に頑張っていきましょう!