1月18日(水) 全校礼拝 | 夙川学院中学校・高等学校

2017-01-23 1月18日(水) 全校礼拝

1月18日(水)全校礼拝が実施されました。

聖書:詩編46編2ー8節
讃美歌:520番
「阪神淡路大震災を覚えて」

 

 さて本日は、昨日で「阪神淡路大震災」から22年になりますので、それを覚えて礼拝を行います。この大地震については、生徒の皆さんは生まれていなかったですが、皆さんのお父さんやお母さんに聞いてよく知っていると思います。教職員の方々は、実際に経験されたことと思います。1995年1月17日の早朝6時少し前に、マグニチュード7.3の大地震が起こり、6千人を超える人々が犠牲になりました。夙川学院でも高校生2名が犠牲になりました。また、家屋の被害が5800万円ほどになりました。戦後最大の災害となりました。その後、2012年に東日本大震災が起こりましたので、現在ではこれが最大の被害となりました。私は、当時は、京都に住んでいたのですが、京都でもかなり大きく揺れ、非常に驚きました。さらに驚いたのは、テレビにて次々と写される被害の状況でした。高速道路は倒れ、神戸の大きなビルも倒れ、新幹線の橋桁も倒れていました。また、神戸のいろいろな所で火災が発生し、火の海のような光景が画面に出されました。私は三日目に、阪急電車で京都から西宮北口まで来て、そこからは電車が動いていなかったので、自転車を借りて、神戸まで走りましたが、目にする光景は、今までに見たこともない光景で、現実とは思われませんでした。家という家は倒れ、まるで戦争の後のようでした。自然の脅威というのは、恐ろしい、そして、人間は自然の脅威には勝つことができないという無力感を感じました。現在はすっかり復興して、神戸の町や西宮の町を見ても、そのような光景を連想させるものはほとんどありませんが。 この大震災でつくづく思わされたことは、私たち人間の力は大自然の力の前には無力である、ということです。今や宇宙にまで生けるようになり、さまざまな難病を克服し、さまざまな便利な品があふれている現代文明ですが、あの地震の威力にはなすすべもありませんでした。そういう意味では、人間は謙虚にならなければなりません。そういうとき私たちには、祈ることしかできません。 さて、聖書にも自然災害については多く記されています。先ほどの詩編46編3-4節には、次のようにありました。
  わたしたちは決して恐れない
  地が姿を変え
  山々が揺らいで海の中に移るとも
 
 海の水が騒ぎ、沸き返り
 
 その高ぶるさまに山々が震えるとも。
ここでは、地震と津波が暗示されています。ここにおいても、このような自然の大災害には、人間は全くの無力です。神に祈るしかありません。そしてこの詩人は、神は必ず助けてくださる、と信じています。2節には、
  神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。
  苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。
とあります。この詩篇の詩人は、「たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。」と言っています。聖書の言葉というのは、「苦難の時」に大きな力を与えてくれるものです。2-3節を見てみます。
  このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
  たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は
  震え動くとも、われらは恐れない。
また6節を見てみます。
  もろもろの民は騒ぎたち、もろもろの国は揺れ動く、神がその声を出されると地は溶ける。
ここには、天変地異、あるいは戦争による激動があります。戦争が起こった時の動揺、敵が攻めて来た時の恐怖は、想像を絶するものです。2節で、「山は海の真中に移るとも」と言われているのは、大地震のことかもしれません。「山」というのは、動かないもの、泰然としているものです。しかし、大地震によってそれが海の中に移るというのです。もしそんな大地震がくれば、私達はあわてふためくでしょう。阪神淡路大震災においても、地滑りが起こって大勢の人がなくなりました。また、大きなビルが倒れたり、高速道路が倒れたり、想像もしないことが起こりました。私達も大地震の恐ろしさというものを実感しました。  しかし、私達を恐れさせているのは、そのような戦争とか、天変地異だけではありません。私達の人生においても、いろいろな時に動揺や恐怖があります。むしろ不安、動揺、激動の連続なのではないでしょうか。ちょっとしたことで動揺し、中々落ち着いた気持ちになれません。しかしこの詩人は、「このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない」と言っています。それは、この詩人が、神が常に共におられる、と確信していたからです。7節には次のようにあります。
  万軍の主はわれらと共におられる、
  ヤコブの神はわれらの避け所である。
この神こそが、私達の助けです。この詩人は、2節において、
  神はわれらの避け所また力である。
  悩める時のいと近き助けである。
と言っています。たとえ地が変わっても、山々が海に移っても、その地や山を創造された方は、永遠に変わることはありません。天地万物の創造者なる神こそ、私達の真の助けであり、私達が絶対に信頼すべき方です。この詩人は、1節で「神はわれらの避け所」と言っています。

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