月間アーカイブ: 2018年2月

2018-02-20 高等学校 百人一首大会が行われました。(高校1年生)

本日、高校1年生による百人一首大会が行われました。

全クラス総当りで試合を行い、終始白熱した様子でした。
下の句を覚えている人も多く、1人で50枚ほど札を取る人もいました。
1回戦は組、2回戦は組が多くの札を取って勝利しました。
また来年する時は、今以上に下の句を覚えて勝利を目指してもらいたいです。

 

2018-02-19 高等学校 2017年度 高等学校卒業式が行われました。

2月17日(土)、2017年度夙川学院高等学校卒業式が実施されました。


◇卒業証書授与

  ◇送辞

◇励ましの歌

◇答辞

◇頌栄、祝祷

◇生徒退場

84名の生徒達が巣立っていきました。
3年間の高校生活はたくさんの思い出でいっぱいとなったでしょう。
夙川学院で学んだことを胸に、それぞれ歩む道も輝かしい未来でありますように。
 
 

 

2018-02-16  中 学 校 高等学校 2月14日(水)卒業送別礼拝が行われました。

2月14日(水)に卒業送別礼拝が行われました。

本校は、中学3年生、高校3年生が卒業するにあたり、毎年キャンドルを灯す礼拝を行っています。
 「希望の光」と題して、樋口牧師が卒業生にメッセージを贈りました。

 メッセージの後には、生徒自治会がろうそくの火を付けにまわり、在校生は隣の人に火を付けていきました。ろうそくの火を静かに見つめ、何を思ったでしょうか。
 
 
 卒業していく生徒達の心の中に、夙川で過ごした日々の思い出と、未来への希望の光が輝き続けることを願います。

 

 「希望の光
エフェソの信徒への手紙5章6-8節  

今日は、中学高校の卒業送別礼拝です。
夙川学院では、卒業送別礼拝においてローソクに火を灯します。
これはもう70年くらいの歴史があります。

なぜ、こんなことをするのでしょうか。
ローソクの火は、光を象徴します。聖書においては、光は希望や救いを表します。
クリスマスにおいても、ローソクに火を灯しましたが、これは暗い世の中にキリストは、光としてこの世に来られ、私たちに希望や救いをもたらして下さったということ意味します。

皆さんは、真っ暗ということを経験したことがあるでしょうか。
真っ暗の中にいますと、本当に底知れない恐怖に陥ります。
皆さんは、停電を経験したことがありますか。
わたしの小さい頃は、よく停電がありました。
夜、停電になると、あたりが真っ暗になり、周りに何があるか一切分かりません。
ちょっとしたものにつまずいたりして、とても不安と恐怖に陥りました。
そして、しばらくして電気がつくと、ほっとしました。
旧約聖書の一番最初の所で、神は何もなかった所に、まず最初に光を造った、ということが書かれています。
これは、神はわたしたちに救いと希望を与えたということを言おうとしているのです。

卒業生は、今から、新しい進路に向かいます。
不安があるのではないでしょうか。
ローソクの火は、そのようなときに希望を持って歩んでください、というメッセージなのです。
不安を持ったとき、聖書を読んでください。
きっと、聖書の言葉は、皆さんに希望の光を与えてくれるでしょう。

それから、光には、もう一つ意味があります。
先ほどの聖書に、「光の子として歩みなさい」という言葉がありました。
これは、正しい歩みをする、ということです。人に恥じない正しい歩みです。
暗闇だと、何をしているのか分かりません。
不正なことは、闇として表現されます。
闇に支配されると不正が横行します。
先ほどの聖書に、「むなしい言葉に惑わされてはなりません」とありました。
闇に支配されると、空しい言葉に惑わされて、間違った方向に歩んでしまいます。
そのような所に行かないで正しい道を示してくれるのが光です。
光は正々堂々とした歩みです。
皆さんも、これからの歩みにおいて、正々堂々と正しい歩みをしてください。
その正しい歩みも、きっと聖書を読めば教えてくれるでしょう。

卒業する方々は、今後の歩みに不安や恐れがあるかも知れませんが、ローソクの光を思い出し、希望を持って、正しい道を歩んでください。
在校生の皆さんも、先輩にならって、希望を持って、勉学生活を続けて下さい。

そしてもう一つは、校長先生のもつ親火から次々と火が移されていきます。
これは、受け継いでいくということを意味しています。
皆さんは、夙川学院で学んで、上級生や先生方から夙川学院の伝統を受け継いできました。
夙川学院は、いまから137年前、増谷かめという18歳の女性が創立した学校です。
彼女は、生徒にこういう人になって欲しいという目標を持っていました。
それは、「徳の高い人を育てる」ということでした。
してこれは、夙川学院の教育理念として、ずっと継承されてきました。
最近ではそれに少し付け加えられ、「正義と平和を愛する徳の高い人を育てる」と言い表されました。
そしてその伝統を下級生にバトンタッチして行くのです。
下級生は、皆さんのよい伝統をしっかりと受け継いでいくのです。
そういう意味では、皆さんは、誇りを持って、自分に与えられた道を歩んでいって欲しいと思います。
そして、光を創造した神の恵みと希望を信じて、これからの道をしっかりと歩んでいっていただきたいと思います。

 

2018-02-15 高等学校 2月14日(水)バレンタインライブが行われました。

2月14日(水)、文化部によるバレンタインライブが実施されました。

本校在校生の、フォークソング部、ダンス部、軽音楽部、クッキング部が、卒業目前にした3年生のために発表を行いました。

フォークソング部

ダンス部

軽音楽部

各クラブ合同発表

クッキング部によるクッキー配布

これまで、お世話になった3年生の先輩のために、一生懸命練習していたのが印象的でした。
今週、2月17日(土)に卒業式が実施されますので、3年生の保護者様は、是非本校にお越しください。

 

2018-02-14  中 学 校  2月13日(火)中学校の百人一首大会が行われました。

2月13日(火)に中学校の百人一首大会が行われました。

皆さん、目の色を変えて、一生懸命取り組んでいました。

競技かるたをテーマにした漫画『ちはやふる』が流行したこともあり、

「 ちはやふる神をもきかず竜田川 神代もしらずみずくぐるとは」の札を取るときには
大いに盛り上がりました。

優勝は、中学3年生の班でした!皆、楽しんでいたようで、何よりです。
また来年、しっかり下の句を覚えて、対戦したいですね。

 

2018-02-13 高等学校 高3体育科 修学旅行(北海道)4~6日目

高校3年生体育科が北海道へ修学旅行に行ってきましたので、4~6日目の様子を写真で振り返ります。

 
旭山動物園へ行き、丁度『サッポロ雪まつり』も実施されていたので、たくさんの雪像制作を見ました。

 
レクリエーションも盛り上がった1日となりました。

 
 この修学旅行で、普段味わうことのできない北海道の大自然を学ぶことができました。
最後の行事、卒業式に向けて、しっかりと準備していってください。

 

2018-02-13  中 学 校  2月6日(火)中学校音楽祭が行われました。

2月6日(火)に中学校の音楽祭が行われました。

 
生徒自治会が中心となって、プログラムが進められました。 

 
 琴の合奏、ソロ演奏、学年ごとの合唱、グループごとの合唱、中学1・2・3年生の合唱と
盛りだくさんのプログラムでした。皆さん、とても上手に演奏し、声を合わせて歌っていました。


中学3年生にとっては、最後の音楽祭でした。
親、先生、クラスメートへ感謝の気持を込めて、歌っていた様子がうかがえました。
また、クラスメートとの別れを思って、涙を流す生徒もいました。
 
 
今回の音楽祭が、皆さんにとって、心に残る思い出の一つになったら幸いです。 

 

2018-02-08  中 学 校 高等学校 2月6日(火)放送礼拝メッセージ「思いやり」

 
ィリピの信徒への手紙2:1-4節  「思いやり」
学院宗教主事 樋口進

今日は、「思いやり」と言うことについて考えてみましょう。
この思いやりというのは、聖書の精神でもあります。
今お読みいただいたフィリピの信徒への手紙2章3-4節に、「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。」とありました。
「自分のことだけでなく、他人のことにも注意をする」、これは思いやりの精神と言うことができます。
これはとても大切なことであると思います。「思いやり」というのを『広辞苑』で調べてみると、「自分の身に比べて、人の身について思うこと」とあります。別の言葉で言うと、「その人の立場に立って思う」ということです。
イエスの有名な言葉に、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい。」というのがあります(マタイ7:12)。
これは最も大切な教えだということで「黄金律」と言われています。
「その人の立場に立って思う」ということはとても大切なことですが、それが中々出来ないというのもまた人間の悲しい現実です。これが出来れば、世の中は幸せになると思います。
今の日本は、このような「思いやり」の心に欠けているのではないでしょうか。
そのために心を痛めるような悲しい事件が、次から次へと起こっています。
人間はしばしば言葉に傷つきます。
人から言われた厭な言葉に落ち込むこともよくあります。
それがひどい場合には、自殺にも追い込まれます。
最近では、ツイッターなどインターネット上の書き込みで、個人を非難中傷したりと言うことがよくあります。
そして、そういうことを書かれた人は非常に苦しみます。
書く方は、軽い気持ちで書くのかもしれませんが、書かれた方は本当に死ぬ位つらい気持ちになります。実に思いやりの精神に欠けた行為だと思います。
こういうとき、思いやりの精神をもつことができれば、つまり、もし自分がこのようなことを書かれたら、と相手に気持ちに立つことができれば、こういうことは起こらないと思います。
旧約聖書の箴言12章18節に、「軽率なひと言が剣のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す。」という言葉があります。
人に対する一言の言葉がひどく傷つけることもあります。また逆に一言の言葉が人を癒すこともあります。
精神科医で執筆活動もされている斉藤茂太という人の本に『いい言葉は、いい人生をつくる』というのがあります。
相手に対していい言葉をかけるなら、それはその人の人生もいいものにするということが書かれています。
人の立場に立って、「思いやり」のある生き方をしたいものです。
今日の聖書の言葉にあるように、私たちも「自分のことだけでなく、他人のこともよく考える」思いやりの精神をもちたいと思います。

 

 

2018-02-06 高等学校 高2 進路ガイダンス

1月30日(火)2月6日(火)、高校2年生を対象に、進路ガイダンスが実施されました。

各講座に分かれて話を聞いていました。
2回の進路ガイダンスで学んだことを進路実現に役立ててください。

 

2018-02-05  中 学 校 高等学校 1月30日(火)放送礼拝メッセージ「結果を出せなくても」

フィリピの信徒への手紙2:25-30節  「結果を出せなくても
学院宗教主事 樋口進

今の世の中は、業績主義です。
入学試験はまずそうですが、企業もまた、激しい業績主義の世界です。
何か業績を上げなければ、尊重されず、出世も出来ません。
皆さんも、そうです。
一生懸命勉強して、よい結果を出すと評価されます。
スポーツでもそうです。
一生懸命練習して、結果を出せば評価されます。
しかし、いろいろな事情によって業績を上げられない場合もあります。
一生懸命努力していても、途中で病気になったり、けがをしたりすると、結果を出せない場合もあります。
そしてそういうとき、人から評価をされません。
これが、業績主義の社会です。
この業績主義の社会では、目に見えて何か具体的に業績をあげないと評価されないのです。
ただ忠実に仕事を行っている、真面目に働いている、というだけでは駄目なのです。
この業績社会は、あくまで自分の業績を上げることが至上命令です。
そこからは他人を思いやるという態度は出てきません。
否、他人を犠牲にしてまで、自分の業績を上げようとします。
しかし、たとえ業績を出すことができなくても、その人自身の人格、その人自身の気持ちを見てくれて、評価してくれるということもあります。
今日読んでいただいたフィリピの信徒への手紙は、パウロという人が牢獄で書いた手紙です。
パウロは、キリスト教をいろいろな地方に伝えた人ですが、その伝えているときに、権力者に誤解されて、捕らえられ、牢獄に入れられたのです。
当時の牢獄の生活は、苛酷で食事も十分に与えられないようなこともありました。
しかし、その囚人の世話をする人を送るということもできたのです。
そこで、パウロが牢獄に捕らえられていることを聞いたフィリピの教会の人たちは、パウロの世話をする人として、25節にあるエパフロデトという人を送ったのです。
このエパフロデトという人は、とてもパウロを尊敬し、一生懸命パウロの世話をしたのですが、途中で病気にかかり、パウロの世話をできなくなっただけでなく、逆にパウロにいろいろ世話にならなければならなくなりました。
先ほどいった、業績をあげることができなくなったのです。
そこで、エパフロデトを送ったフィリピの教会の人たちは、エパフロデトを全く評価せず、役立たずとして、非難したのです。
しかし、パウロは、このエパフロデトの気持ちを評価して、彼は病気のために何の働きもできなくなったが、かれの気持ちを評価すべきだ、といって弁護するために、この手紙を書いたのです。
パウロは、自分の世話をすることができなくなり、かえって足手まといとなったエパフロデトを、役立たずとして非難するのでなく、エパフロディトの気持ちを見て、かれの人柄を評価して、深い配慮を示します。
パウロは、こういう人々こそ尊重しなければならないのだ、と主張します。
こういう人こそ、自分の弱さを知り、謙遜を身につけ、パウロを心から尊敬したのだ、と評価したのです。
パウロ自身にも一つの持病があり、それを自分で「一つのとげ」と言っていますが、それがかえって恵みであった、と話しています。
「キリストのわざのために命をかけ」とあります。
エパフロディトは、そういう業績主義ではなく、純粋な気持ちを第一にしていたのである、と。
パウロは、エパフロディトに深い配慮をもって弁護しているのですが、それはもしかすると業績主義の目でもってエパフロディトを何の役にも立たなかったではないかと批判的な目で見るかも知れないフィリピの人々に、彼は最も大切なもの、純粋な気持ちをもっていた、こういう人達こそ尊重しなければならない、ということを言っているのです。
業績主義の社会に生きている皆さんも、何かの事情で思うような業績を上げられなくても、決して落胆せず、皆さんの純粋な気持ちを評価してくれる人も必ずいるということを思って勇気を出して欲しいと思います。

 

2018-02-05 高等学校 高3体育科 修学旅行(北海道)

2月2日(金)~7日(水)の期間、高校3年生体育科が修学旅行に行っていますので、途中経過をお伝えします。

 

無事に北海道に到着し、全員参加で、スキー講習を行っているそうです。
修学旅行の三日目が経過し、大きい怪我も病気もなく過ごしています。
四日目以降には、旭山動物園や札幌市内研修など、多くの予定があります。少しでも多く思い出としてください。